「どうだくんとは」

広い室内にあるのは、背表紙が寸分の狂いもなく揃えて並べられた本棚と、これまでの功績を称えるトロフィーが眠るラック。それから、パソコンとブロックメモしか置かれていないデスクと、応接用のソファとテーブルのみだった。他のどんな偉い役職の人間のそれよりも物が少ない。だからこそ空間をより広く感じてしまう。相変わらず質素な部屋だ、と降谷は思いながら、クッション性の強そうな革張りのチェアーに座る局長の前に、デスクを挟んで立っていた。温厚そうな顔立ちをして、どこか心の底まで見透かされそうな特異なオーラを放つ双眸に見上げられながら、今しがたの質問の意味を考える。局長直轄の部下でもあるとの仲について聞かれているのは勿論だが、さてなんと答えたものか。口が裂けても惚れているだなんて冗談は言えなかったが、だからといって褒めちぎるのもそうしないのも望まれている答えではない気がする。だが深く考えたところで話の導入に過ぎないこの質問に、大した意味はあるまいと降谷は静かに口を開いた。

「そうですね、悪い関係ではないように思いますが」
「そうか。ならば心配はないだろうな」

両手の指を一本ずつ絡めるように組み、そこに頬杖を付いた局長の目が弓なりになる。彼の言葉が二重スパイ容疑のことを指しているのは、降谷にはすぐに分かることだ。男の瞳の重厚さから窺えるのは、彼への満足と、自身の部下への信頼だった。なるほど局長は随分とに傾倒しているらしい。以前降谷は彼女との食事の際に、彼との邂逅を聞いたことがあったが、腹の内では何を考えているのか分からぬこの男に対して、警察大学校時代に突撃したことがあるなどと言われても、俄かには信じられなかった。そもそも顔を知っているという理由のせいか、自分にはそれをする勇気は到底湧いてこない。もとより単身で犯罪組織に潜入しようとしていたのだから、それを思えば彼女は人一倍度胸の座った人間なのだろう。

「随分と買っているんですね、彼女を」
「極上の幸せと言わんばかりに美味しそうに食事をするからな。悪人ではないよ」
「はあ、・・・まあ分からなくもないというか」

局長はくつくつと楽しそうに喉を鳴らした。確かに食事を幸せそうに頬張る女性は、世間一般的にも魅力的だと言われている。例に漏れずもその一人と言ったところで、一口一口を噛み締める幸せに身を寄せる彼女の姿を想像すれば、降谷の頬も緩むというものだ。休みという休みもあまりなく、学生時代の友人と会う機会も中々得られず、家族や恋人といった身近な人々には嘘を吐き続けねばならないという公安警察の特殊な職掌柄、気の置ける同僚との食事ほど心の休まる瞬間はないだろう。それが社員食堂だったとしても、持参した弁当だったとしても、だ。

「まあ、というのは半分冗談で、実は妻と離婚になりそうだったのを修復くれたのが彼女でね」
「なんとなくは、聞いています」
「そうかね。彼女が何をしたかは聞いているかな?」
「いえ、そこまでは」

この話も食事の際に話題に上った。しかし聞いたのは、彼が離婚危機寸前のために公園で項垂れていたということのみで、その具体的な内容を降谷は把握していない。首を振った彼に局長は、「そうか」と口角を上げて話を続けた。が交番勤務時代に、仕事帰りに毎日毎日局長の部下を片っ端から妻の下へ連れて行っては、彼女に彼がどういう人間なのか、あれやこれやと聞かせたということを。職場での自身の惚気話も隠すことなく全て伝えたと聞かされた時には、彼は家に帰るのが恥ずかしくて仕方なかったが、職務に関して今まで話すことができなかったのを考えれば、部下から信頼を集めていることや、妻への愛が伝わったことはとても大きかった。部下たちの熱意のおかげで彼女もようやく理解を示し、離婚危機を無事回避することができたのだ。それがきっかけで彼はという人間に興味を持ったという。「たかだか一交番勤務の女が毎日警察庁に顔を出しては部下を連れ去ったんだ。彼女からしてみれば我々はうんと上の立場だというに。笑ってしまうだろ」と彼は当時を想起するように笑う。口元の皺がなだらかな曲線を描いた。

「離婚危機のあと、くんはクラウスのことを、正義感に溢れ、人々の愛を大事にする熱血漢だと言っていてな。自分は彼のようなものは何も持っていないとため息を吐いていたが、彼女だって無自覚のうちに誰かのために生きているんだよ。そこに悪意なんか微塵も感じられない。だから賭けてみたくなったのさ、彼女の行動力と心の強さにな」

降谷の脳裏に、友達の死の真相が知りたいと言った英国庭園でのの姿が浮かび上がる。仇を取らなければ前に進めないと言っていたのだから、たとえその行いが他の誰でもない自分のためだったとしても、普通の人間には到底あんな真似はできはない。きっと壮絶な世界だっただろうに、どうして彼女はなんでもないみたいな顔をしてああやって笑っていられるのだろう。彼女の傍らにいていつも感じるのは、精神が安定しているということだ。それは喜怒哀楽といった感情の起伏ではなくて、もっと内奥を支える根幹的なもののことで、それが彼女の場合は驚くほどに健康的なのだ。その精神を作り上げるのに、一体どんな人生を彼女は送ってきたのだろう。

「・・・不思議ですね、彼女は」
「そうだな。意気勇んで飛び込んで行く割には怪我をするのが怖いと言うし、犯罪組織の中で上手く立ち回って生きる割には、無邪気に笑って子供なんだか大人なんだか分からない奴だが、私の部下だ。まあ無茶しないようよろしく頼むよ」
「はい、もちろんです」

背筋に力を入れてことさら真っ直ぐに立つ降谷に、「もちろん無茶するなと言いたいのは君も同じだがね」と局長が言う。はてなんのことだと降谷は首を傾げた。その自覚症状のなさそうな部下を前に彼は邪気なく笑った。若くして随分と頭の切れる人間がいる、と噂になっていることをきっとこの青年は知らないのだろう。あちらこちらと駆け回るのも仕事熱心で良いが、休むこともまた仕事の一つだと伝えると、降谷には思い当たる節があったのか、ふと目の前の男から視線を逸らしてしまった。

「・・・善処します」
「まあ、こんなことを言いながら悪いが・・・例の件は任せたぞ。そろそろ取調べが終わる頃だろうから、彼女と合流しだい現場に向かってくれ」
「はい」




*



警備企画課の風見による企画の元に、警視庁公安部が追いかけていた泥参会の傘下にある暴力団団員が、先日銃刀法違反で逮捕された。取調べの経過では、構成員の男が所持していた拳銃二丁の内一丁の型番と入手経路が判明しないという。シリンダーが右側にスイングアウトするという珍しい型からいくつか候補はすぐに上がったが、しかしどれもが細部までは一致しなかったらしい。その報告を受けた局長にはなにかピンと来るものがあったようで、すぐさまを呼びつけ拳銃の確認をさせたところ、イーゲルが製造したもので間違いないと返答があった。ならばその銃器の入手経路を探るのは彼女の仕事というわけで、彼女の参加を風見に伝え、男の身柄を一旦警察庁で預かることにしたのだ。
警視庁から警察庁への移送の間に公安部が家宅捜索に入ったが、特に怪しいものは見つからなかったという。さらに彼らによる取り調べの際に、男が逮捕される数時間前、とある別の男と一緒にいたということが判明した。だがその男とはどうやら偶然通りで出会った旧友だったらしく、近くの喫茶店で昔話に花を咲かせていたらしい。任意同行でその別の男の話を聞いたところ、彼も偶然出会ったと供述していて、店の監視カメラには二人の姿が認められた。もちろん逮捕された男同様彼の自宅にも家宅捜索を行ったが、こちらも特に不審な点はなく、さらに当日の日程の洗い出しから、本当に偶然出くわしただけなのだと判断付けられてしまった。何も出てこないとなればそこから先は手荒な手段に頼らざるを得ず、風見率いる部下たちが男の身辺を数日間張っていたところ、昨夜隠れ家らしきものが存在したことが明るみになった。恋人の家かとも考えられたが、彼らが見ていた限りでは、人の気配はなかったという。常習的に利用しているかどうかもまだ不明だが、これで事態は進展したというわけだ。
今朝からは警察庁での取調べが始まっていて、そこにマジックミラー越しの別室からも逮捕された男の様子を確認していた。時同じくして三日ぶりに登庁した降谷にも局長自ら応援要請があり、今回命じられたのは、風見と部下が男の職場周りに張り込んで目を光らせている間に、と一緒に隠れ家なる家屋へ侵入し捜査をすること、だった。

、待たせて悪か・・・どうしたんだ一体」

必要な荷物をまとめている間に風見経由で、自分の車の前で待つように連絡を取った降谷が駐車場へと降りると、穏やかな日差しの中、そこには既に取り調べの精察を終えた彼女が待っていた、のだが。

「お、お疲れさまです・・・」
「大丈夫か?どこか痛むのか?」

愛車であるRX-7の横で、は膝に手を付いて前かがみになっていた。顔色は至って健康そのものだが、しかし首から下がどこからどう見ても気だるそうだ。心なしか足も震えている気がしなくもない。これから現場に出るというのに、体調不良ではどうしたものかと降谷が神妙な顔になるも、彼の顔色が変わったことに気が付いた彼女が慌てて口を開いた。

「筋肉痛なだけなので、お気になさらず・・・」
「筋肉痛?ジムにでも通い出したのか?」

なんだそんな理由か、と肩の力が抜けた降谷は遠隔でキーロックを解除する。

「いえ、昨日地下のトレーニングルームにい、っひああん」

運転席へと回りながら、筋肉痛で苦しむの膝裏に降谷の膝頭が「えい」と食い込んだ。つい出来心から彼は驚かすつもりで面白がって小突いてしまったのだが、力が抜けてしゃがみ込んだ彼女から上がった声に、逆に驚いて目を見開いてしまう。それは彼が予想していたよりもずっと高く、鈴を振るように上ずった声だった。

「お、おい・・・なんて声を出すんだ!」
「ふっふるやさんがひざかっくんするからじゃないですかあ」
「そんな声を出すとは思わなかったんだ、ほら早く乗って足踏みでもして筋肉を温めろ」
「ひ、ひどい・・・」

いい年した大人がすることじゃない、とはジト目で降谷を睨みつけたが、しゃがんでいるそこからでは彼の顔は全く見えなかった。ため息を吐いてキーが解除された助手席のドアを開けると、彼は既にシートベルトまで装着して座っていた。彼女が再度半目で睨むと、彼は気恥ずかしそうにコホン、と咳払いをする。普段は中々見せない表情だったからか、思わずは数秒見入ってしまった。早く乗れと言わんばかりに助手席がぽんぽんと叩かれ、その音にハっと我に戻ると、痛い足に力を入れて、「お邪魔します」と声をかけて乗り込んだ。

「またなんのトレーニングを?」
「ナイフを避けたりとか、殴られそうになるのをかわしたりとか、そういうのです」

の持つシートベルトがカチャリとセットされたのを確認して、降谷はブレーキペダルを踏み込みエンジンをかけてゆっくりと発車し出す。警察庁を出て大通りに出ると、先ほどよりもフロントガラスに当たる日差しが厳しくなったため、眩しくないようにと彼は彼女の前方にあるサンバイザーに手を伸ばした。「ありがとうございます」と言う彼女に対し、「ん」と短い一言を返す。

「そんなに現場に出る機会が?」

残党狩りに精を出しているとは聞いていたが、降谷が想像していたのは彼女が対象者をおびき出し、どこで落ち合うかの場所を決定するところまでであって、実際に現場に出て対象者と対峙しているとは思っていなかったようだ。

「作業班としては行動しないんですけど、組織に潜入してたのが私だけなので、必要とされれば行きますよ」
「そうか。確かに君の目じゃないと分からないこともあるだろうからな。だが無茶して大怪我負ったりするなよ。心臓がいくつあっても足りん」

曲がりなりにも警察大学校でみっちり仕込まれているのだから、一般人女性と比べれば戦闘能力も高いし、局面を冷静に判断する力だって勿論彼女は持っている。だが何が起こるか分からない現場で体を張る以上、心配は心配だ。女性はただ女性であるというだけで人質にだってされやすいし、鍛えていようと男の本気の力で抑え込まれてしまえば、身動きが取れなくなる可能性だってある。理不尽だがその性差を超えられなかった時、苦しむのは他の誰でもない彼女自身なのだから。

「ご心配ありがとうございます、現場に出た時ぐらい足手まといにならないようにしないとなので」
「同じ部署のやつに見てもらってるのか?」
「あ、はい。でも今トレーナーをしてもらってる先輩、もうほんとやけに強くて、すぐに押し倒されてジ・エンドなんですよねえ」
「はっ?押し倒・・・!?」

思わず強くブレーキを踏み込みそうになった降谷が、なんとか平常を保とうとハンドルを力の限り握り締める。押し倒されるだなんてそんな、それはその先輩とやらと密着とも言える距離で接触してることを意味するのだろうか。手首を掴まれて押し倒されたり、胴体にタックルされて押し倒されたり、足を抱え上げられて押し倒されたり、後ろから圧し掛かるように押し倒されたり。よもや寝技まで仕掛けられているのではあるまいな。あれやこれやと色んな体勢の図が彼の脳裏に浮かんでは、その拳に血管が一際太く浮かび上がるが、前方を見ているためには気が付いていない。

「いいか、今度からトレーニングする時は俺が見る」
「な、なんでですか部署違うじゃないですか」
「なんでもだ」
「だめです」
「いいから絶対にだ」
「いやです、降谷さんにあんな姿見せたくないです!」

脇汗なんかこの人に見られたら死ぬに決まってる、いやそれどころじゃない、こいつ汗臭いって顔でもひん曲げられようものなら失うものが多すぎる。どうしてそんな化粧もしてないへろへろと情けない姿を彼に見せねばならないのか。それに彼と少しでも近付いたらば自分は絶対に顔が赤くなる自信しかない、とは断固拒否の姿勢を崩さない。

「どんな姿をしてるっていうんだ」
「い、言う訳ないじゃないですかあんな恥ずかしい姿」
「恥ず・・・!?押し倒されてあられもない姿をその先輩に見せているというのか!?」
「あられもない!?なっなっなにを想像してるんですかあ!!!」

考えている内容のベクトルが違うことを察したは、顔を真っ赤にして反論する。それでも納得のいっていなさそうな降谷に対して、近付かれたらドキドキする以外の理由を腹を括って説明すると、ようやく彼女の思考回路に気が付いたのか彼もまた顔を桃色に染めて、それはそれは大きなため息を吐いた。「押し倒すだなんていう君が悪い」と付け加えて。じゃあその言葉以外にどう表現すれば良かったんだと思うだったが、これ以上はゴールが見えなくなりそうだと口にするのはやめてしまった。その代わり、同部署内の先輩には情けない姿を見せることができても、この隣に座る彼だけには見られたくないという意地が、どういう意味なのかを再確認してしまったことにどっと疲労感が押し寄せる。

「・・・現場にすら着いてなのに疲れましたよ」
「・・・俺もだ」
「たまに暴走しますよね降谷さんって」
「君に対してだけだ」

あ、また言わなきゃいいことを言ってしまった、とは降谷から返ってきた言葉に胸が詰まってしまう。

(・・・私がドキドキするように、降谷さんもするの、かな)

運転席に座る端正な男の横顔を、ちらりと横目で一瞥した。刹那、唇に目を奪われる。すぐさま顔を背けて窓の外に意識を向けた。後ろに流れていく外の世界が信号の赤によってスローになっていく。正午前の大通りを行き交う人々の中に、手をつないで仲睦まじそうに歩くカップルがいた。何かを話しながら、彼女が不意打ちのように彼氏の頬にライトキスを贈っている。お互いに顔を見合わせて肩を揺らして笑って、とても幸せそうな二人だ。

(あの時キスしたっていっても・・・ねえ)

彼女の脳裏にいつぞやのあの光景が浮かび上がる。未練がましいと言われてしまえばそれまでだが、簡単に忘れられないぐらいには今もまだ後ろ髪を引かれているのだ。でも間違えてはいけないのは、降谷零とがキスをしたのではなくて、バーボンとがそれを交わしたことだ、と彼女は思った。あのキスに何の意味があったというのだろう。彼の顔を見るたびに、心のどこかでそれを考えている自分がいる。
降谷零とバーボンが同じ人間とはいえ、降谷の存在を知らなかったあの頃、心が惹かれていたのは間違いなくバーボンだと言える。だから思ったのだ。自分の持つ好きという気持ちがバーボンに対してだけだったならば、と。だがそんなことは、日々彼と行動を共にする内にあっという間に消え去っていった。彼はハキハキとした口調でバーボンに比べれば当たりの強い時も多い。だがその凛然とした信念の強さは、降谷であろうとバーボンであろうと変わりがなく、気付けば彼の所作の一つ一つに目を奪われていた。何より彼といて感じるのは人間臭さで、その表情の豊かさも然ることながら、三徹目を迎えた時の子供のような態度にも胸が擽られる。それを思えばバーボンとのあのキスは、たとえ後付だったとしてもしっかりと意味を付与することができるし、前を向いて歩いていけるというものだ。
けれど彼はのことをどう考えているのだろう。ではない、ただのを。人間という生き物は不思議と役に入りきってしまえば色んなことができるもので、もちろんのために特殊な役作りをしたことはなかったが、同部署の同僚や上司に叱られてばかりの人間でなかったのは確かだ。腹を割って話そうと屋上で会ったあの日、キスがしたいと言われたのが自分ではなくの方だったらどうしよう。名前を呼びたいと言われた時にも、食事をしようと誘われた時にもその期待があったらどうしよう。自分はバーボンも降谷も好きだと思えるのに、それが反対になるとなぜもこんなに不安な気持ちになってしまうのだろう。なんて、たかだかキス如きでこんなにも考えてしまってどうする。裏の社会を生きるためにゆきずりの恋染みたことだって演じてきたじゃないか。子供じゃあるまいし、唇と唇を合わせるだけのなんてことのない行為に何をそこまで。

(・・・そのキス如きが大事だから、こんなに考えちゃうのか)

昔は恋というものをもっと簡単に捉えていた気がする、と彼女は心の中でため息を吐いた。とにかく今は仕事に集中しようと視線を前方に戻す。信号が青に変わって車が再び前に進むと、五百メートルほど過ぎたところで、米花九丁目と書かれた交差点を右折した。大通りと比べて道幅の狭い通りをひたすら直進する。

「それで?取調べはどうだったんだ?見てたんだろ、別室から」
「拳銃の入手経路に関しては泥参会から貰った、の一点張りでしたね。俺は知らないって必死になってましたけど、嘘を吐いてる感じではなかったです。むしろ、逮捕直前に一緒にいたという男について話す時、瞬きの回数がやけに多かったので、彼が隠したいのは拳銃ではなくて一緒にいた男のことだなという印象です」
「その一緒にいた男、数日間の動きを携帯の履歴も含めて全部割り出されたが、特に何もないと警視庁は言っていたらしいな、まあ隠れ家かもしれないところが見つかったんだから、今さら何もないという訳にはいかないが」
「そうですね、何日かの行動として怪しい点がないというだけで、連絡を取る手段なんて腐るほどありますからね。それに、逮捕当日の男は特に予定もなく買い物に行くだけだったと言っていて、それなら何故拳銃を所持していたのかっていう話ですよ」

また別の交差点を今度は左に曲がると、そこはもう住宅街だった。戸建ての家から手入れの行き届いていなさそうな古いアパート、最新鋭の高層マンションまで色んな建物が揃っている。十分な幅のある歩道を、二人の女性が談話をしながらそれぞれのベビーカーを押して歩き、また反対側の歩道にあるバス停には老夫婦がベンチに座ってバスが来るのを待っていた。いくらか速度を落とし走り進む中、降谷は「ふむ」と彼女からの情報を元に考えを巡らせる。

「仮にそいつが命を狙われていて拳銃を所持していたというのなら、人目に付く大通り沿いのスーパーに行かずとも通販や出前の方が都合が良いだろうし・・・それにいくら昔のよしみだからって拳銃を所持している時にのんびりお茶をするとも思えない・・・。二人に関係があるのはまず間違いないと見ていいが、俺たちの問題は拳銃の有無と入手経路だからな、そこはまだ何とも言えん」

あくまで降谷とが今回追っているのは、逮捕された男と、もう一人の男が関係しているだろうという推測から、そのもう一人の男の拳銃所持の有無と入手経路を探ることだ。それ以外のことに関しては風見や彼率いる公安部の仕事である。ただ単に、一度の秘密裏の家宅捜索で、双方にとって都合の良いものが出てくれば一石二鳥というだけの話で、逮捕された男ともう一人の男が何を企んでいるのかは、二人とってはまた別の問題だった。

「そいつのプロフィールは?」
「山田太郎三十五歳独身、杯戸四丁目にある杯戸ショッピングモールの家電量販店の店頭販売員です」

さらに彼女は続けた。山田は温厚で人当たりの良い、素行には特に問題の見られない仕事熱心な人間で、近所からの評判もとても高く、写真から窺えるのは清潔感のある働き盛りの男だ、と。さらに風見からの報告によれば、この数日間目立った行動はその別の家に寄った以外にはなく、自宅と職場の行き来にコンビニを挟む程度で、その自宅も同じ杯戸四丁目内にあり、通勤時間は徒歩三十分だという。

「なるほどな、任意同行後に警戒して自宅と職場の行き来だけだったんだろうな。もうそろそろ着くから風見にその旨を伝えてくれ」
「はい、今すぐ。何か出てくることを祈りましょう」









つぎへ→