花曇りとでも言うのだろうか。まるで梅雨がうっかり早く来すぎてしまったのでは、というぐらいに連日連夜降り注ぐ雨が止んだのは、夜が明けてからのことだった。春の朝といえば、晴れていてもどこか霞がかっていて、夏のような真っ青な空からしてみればまだ程遠い。とはいえ久方ぶりの晴れ間に街々は陽気な活気を取り戻していたし、砂地に溜まる水溜りも陽光を受けて眩しいほどの煌きを反射させていた。
アカデミーへと向かう子供の高い声、商いの準備を始める人々の音、どこか遠くからたおやかに響く小鳥の囀り。そのどれもが徹夜明けのカカシの体に、疲れを和らげるように染み入っていく。窓越しの外の世界を眺めながら大きく伸びをすると、油を失った木の扉のように体のあちこちが軋むのが分かった。
溜まった仕事もあともう少し、と再び椅子に座ったその時、執務室の扉をノックする音―ノックと表現するにはあまりにも粗野で鈍い音―が聞こえたのだった。

「開いてるよ」

返事をして中に入るように促すが、ノックの主がやってくる様子はない。その代わりにまたも扉から無骨な音が鳴る。それが床の方からすることから、もしかして両手が塞がっているのだろうかということに気がつく。今日(正確には昨日)は泊まりだから帰れ、と火影付きの暗部を帰してしまったこともあり、今あの扉を開けることができるのは部屋の主であるカカシしかいない。すっくと立ち上がり、ノブを回してやれば、そこには大量の資料と巻物を抱えたが立っていたのだった。

「おはよ、ごめんね、両手が塞がっちゃって」
「おはよ、どうしたのこんなに」
「アカデミーでね、子供たちが使うんだって。それのお手伝い」
「あ〜なるほど。お疲れ、ほら、あとは俺に任せて」

堆いそれらはきっと彼女の視界を奪っていたことだろう。そっくりそのままカカシは荷物を底から掬うように引き上げて、を中へ招き入れる。昨日の家を出た時以来か、とその時のことを思い起こせば、徹夜明けの自分の姿はきっと情けのない男に映っているかもしれない。

「やっぱり徹夜したの?」
「クマできてる?」
「ちょっとね。お疲れさま」
「ん、ありがと」

ふふ、と笑う彼女はいつもと変わらぬ姿そのもので、カカシは自身の疲労が溶けていくのを感じた。
少しでも目が覚めれば良いとが換気のために恋人の横を通り過ぎると、ふわりと香り立つ瑞々しい果物の薫香。執務用の机に荷を置くころには、その香りが自身の鼻を掠めるものだから、条件反射で小刻みに周りの空気を追ってしまう。

「良い匂い、お香?」
「あ、そうなの。昨日紅から貰ったから早速焚いちゃった」
「へえ〜ちょっとむらむらする」
「朝から何言ってんだか」

困ったようにくすくす笑うだけがカカシの瞳には浮き上がるように映る。
きっと女は、男が多少疲れを感じている時のほうが気分が高揚しやすいことを知らないのだろう、なんてことをぼんやり考えながら、窓の鍵に手をかけた彼女の手首を掴んでくるりと向きをかえさせる。急な視界の転換には驚きを隠せずにいると、間を置かずに振ってくる男の顔に成すがままの状態だ。
受け容れる訳でも、拒む訳でもない彼女を、押し倒さんばかりに窓と自分でがっちりと挟み込む。逃げられないように腰を押し付け、手首もきつく窓に縫い付ける。

(・・・う)

やけに早急に事に及ぼうとするカカシの姿に宿る艶。徹夜の疲れもそれを助長させるのだろうか、どこか名状しがたい大人の男の色気。
自身の心臓を高鳴らせるのも確かだが、反対に、余裕のない彼の姿にどこか嗜虐的な刺激を感じてしまうのもまたそうだった。

「・・・したいの?」

男を煽るような視線にカカシが息を呑む。目の前の恋人の視線が上下する喉仏に落ちたのが分かった。

「暗部が来るにはまだ時間があるだろ?」
「ここでするの?」
「ぞくぞくする?」
「ばか」

たった数分にも満たないやりとりだったというのに、「むらむらする」という先ほどの一言が冗談ではないことを察するには、少々時間がかかったような気すらしてしまう。
とはいえどこれからにはすぐ任務が入っていた。恋人の願いに付き合ってやれる余裕はどこにもない。

「ふふ、夜まで待って」

縄抜けの要領でカカシの支配からするりと抜けると、ごめんねの意も含めて彼の唇に軽いキスを贈る。

「・・・お前、このタイミングで止めるの?」
「だって任務だもの」
「は〜」

ま、そんな気はしたけど、と脱力するもカカシは自分から離れていく彼女の腕を掴んで、もう一度だけ引き寄せて耳元で囁いた。

「夜、覚えてろよ」
























(2016.7.23 よしさん!)              CLOSE


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突然キスをしてそのまま押し倒して見ると、顔を耳まで赤くして、ドキドキという心臓の鼓動がこちらまで聞こえてきそうです。
★突然キスをしてそのまま押し倒して見ると、顔を真っ赤にして、言葉が出せないくらいドキドキしているようです。