拝啓、いや、僕は誰に手紙を書く体でいるのか。ちがう、そういうことじゃない。別に何があった訳でもない。今日も一日里は平和だったし、僕自身にも特に変わったことは・・・なかった。 そう、ただが家に来ただけだ。彼女とは今もよく顔を合わせるし、暗部では班こそ違えど数え切れない程任務に同行したりもした。というよりもカカシ先輩を通してよく会うから暗部とか別にそんなのは関係ないんだ。あれ?僕は何が言いたいんだろう。 彼女が家に来たのは僕に大量の胡桃をプレゼントするためで、というのもカカシ先輩が持って帰ってきたらしい。理由はよく分からなかったけどどうやら任務先で貰ったようなのだ。 家(という名の彼らの愛の巣)で殻を砕いて中身を二人で取り出していたら、僕が胡桃を好きなことを先輩が思い出したらしく、自分は任務が続くからとに頼んだみたいだった。 だから紅茶でも淹れて他愛無い話をして。そうしては十五時過ぎには帰っていった、のだけれど。 (男の家に彼女を寄越すって、どれだけの信頼関係なんだろう) 天変地異が起きようともカカシ先輩の彼女に手を出すつもりはさらさらないが(おそらくは先輩もそう思っているんだろう)僕だって男だ。女性を見たらドキッとするし、性欲だってある。 確かに胸が張り裂けそうなほど好きだとか本命だとかそういうわけじゃないが、もし相手にあんなことやこんなことが起こり得でもするのなら拒めはしない自信もある。 彼女は可愛いし、人柄も良いし、それこそ女性の少ない暗部では彼女に惹かれる者だっていただろうしね。(ちなみに人気ナンバーワンは夕顔だ。ハヤテが奪っていったけれど。でもそんな彼女も今は未亡人ポジションで、人気最熱というやつだ。まったく。泥臭い男たちはこれだからしょうがない) ねえちょっと先輩も居ないことだし僕といいことしないかい、なんて近寄って、靡くようには全く見えないけれど、でもそうだな、こんなのとかどうだろう。 たとえばマグカップを差し出す時とか、砂糖を取る時とか、偶然を装ってわざとに触れて、意識を少し植え付ける。そして帰りがけ、壁に押しやるのだ。 『そんなに先輩が好き?』 『ど、どうしたの、テンゾウ』 『大丈夫、僕は秘密は守る主義だから』 『だめよテンゾウ、こんなの、よくない』 『よくない?でも顔が赤いよ』 『こっこれは、あなたが近いから』 『ねえ、少しぐらい遅くなっても良いんじゃないか?』 『んっ・・・だめ、テンゾ・・・あんっ』 うん、うん。背徳感があって中々に良い。 それともこんなのはどうだろう。貰った胡桃をさっそく使って、胡桃パンを作るのだ。 『テンゾウって料理が上手なのね』 『一人暮らしだしね、いやでも覚えてしまうよ』 『でも男の人が料理できるって凄く素敵よ』 『・・・独り身の男にそういう勘違いさせる台詞はよくない』 『勘違い、しても、いいよ?』 『えっ、だって君には・・・』 『・・・実はあんまり、上手くいってなくて』 『・・・』 『それじゃなきゃ、一人でここに来ないわ』 『それって』 『・・・テン、ゾウ』 『!!!』 『あっ、テンゾウ、やっぱり』 『もう遅いよ、僕は君のことも料理したい!』 ああ、昼ドラ的展開かな。薔薇でも舞いそうだ。だとしても最後の台詞は流石にないな、うん、ないない。いやいやちがう、ちがう僕は一体何を考えているんだ。こんなこと考えるだけでもカカシ先輩に殺される。 「・・・はあ」 誰も居なくなった寂しい一人暮らしの男の部屋。 なのにマグカップは二つ。それも、いやらしい意味なんか全くありもしないというね。 「あ」 片付けようと持ち上げれば、彼女が使っていたほうのマグカップにうっすらと残る口紅の跡。さっとふき取る彼女の素振りはあったものの、どうやら拭いきれてはなかったらしい。 「・・・キスとか、してるんだろうな」 そりゃするよ、恋人同士なんだから。 「お風呂で背中流しっことかしてるんだろうな」 それもするよ、恋人同士なんだから。 「ごはんもあーんとかしてるんだろうな」 それもね、恋人同士だからね。 「・・・夜なんてきっと」 なにせね、相手はあのイチャパラ愛読者なんだから。 「・・・」 考えれば考えるほど虚しくなって、部屋を広く感じて。 そりゃそうだ。家に帰ってきても電気は点いていないし、ご飯はゼロから作らねばならないし。 「はあ・・・彼女、欲しいなあ」 おしまい (2015.7.25) CLOSE |