(・・・寝てる) 電車の遅延で講義に間に合わなかったカカシとは、大学へ向かわず近くの市民公園に足を運んでいた。比較的広い敷地を有するこの公園には一面青々しい芝生が敷き詰められていて、幼子を連れた母親や、老夫婦、休憩時間だろうサラリーマンなどありとあらゆる人々の憩いの場所だった。 その中のある一画の木陰に腰を降ろし、二人は本を片手に他愛のない話をしていた、のだが。 (無防備すぎっていうか、俺って男として認識されてないのかね) 木を背もたれに胡坐をかいているカカシと違い、彼女はうつ伏せになって本を読んでいたからか、より大きな睡魔に襲われていたのだろう、それはそれはぐっすりと眠りに落ちていたのだった。 (・・・いやでも、少しは信頼されてる?) いつかミナトの研究室で見たあの寝顔が脳裏にフラッシュバックする。彼女の心持ちはあの時と一緒なのだろうか、今もまた同じように安心して眠っているのだろうか、なんてこともまた過ぎったりして。 柔らかな木漏れ日が時折風に揺れてはその角度を変え、の顔色を明るくした。 (・・・そんなに、先生が良い?) するするとカカシの手が伸び、彼女の頬に触れるか触れないかのところでその動きがぴたりと止まる。 (キス、できそうな距離・・・) わずか数センチというところまでぐっと顔を近づければ、寝息すら感じられる距離に胸が高鳴る。 このままずっと眠っていてくれれば、頬に触れることも、唇に触れることも、髪に触れることも、なんだってできるのに―…。 (・・・・・・) 本人の知らない所でそれは卑怯だけど、とカカシは思った。 そしてため息をひとつ吐くと、彼女の頬の前にあった手を背中へおろし、二三度軽く叩いてやったのだった。 「おはよ」 「・・・ん、カカ、シ?」 「寝てたよ?」 「え」 「イビキやばかったよ」 「え!!!」 「うそうそ、ほら、大学に戻ろう」 「も〜」 目頭を擦りながら、は思い切り背伸びをし、すっくと立ち上がる。服に付いた草を払いながらカカシと歩き始めると、何かを思い出したのか彼女は急に自身のカバンの中を探り出した。 「どうしたの?忘れ物でもした?」 「ううん、あのね・・・・あ、これこれ」 探し出すこと三十秒ほど。どうやら目当てのものを見つけだしたらしい。彼女はカバンから青い小さな包みを取り出すと、それをそのまま隣を歩くカカシに手渡した。 「ん?」 「開けてみて」 言われた通りに包みを開けてみれば、現れたのは一冊のとある古書で、その表紙を目にするや否やカカシは目をこれでもかというほどに丸くする。 「、お前覚えてたの?」 「え、だって探してたんでしょ?」 「や、そうだけど、だって俺一回しかこの本の話してないのに」 「偶然ね、見つけたの」 カカシが手にした本は、以前との会話で話題に上った本だった。 それはカカシが集めているお気に入りの著者のものなのだが、いかんせん書かれた時代が古いために普通の本屋には置いていないものが多いのだ。そのため古本屋を渡り歩いて蒐集を繰り返すものの、その一冊だけがどこにも売られていなかった。しかしある日とある古本屋でとうとうこの本を発見するも、その時は運悪く財布を忘れてしまっていて、店主に取り置きを頼んでみたがそういうサービスはしていないと断られてしまったことがあった。仕方が無いと次の日朝一でやってきてみれば、なんということだろう、その本はもうなくなってしまっていた。店主に聞いたら八十代ほどの男性が買って行ったらしい。 そういう悲しい話があったのだと彼女に伝えてからも、カカシは地味に古本屋を巡っては探索を続けていたのだが中々お目にかかることもなく。 ほぼほぼ諦めていたところに、このサプライズ。 一体どこで、どうやって。 (・・・探してて、くれたんだろうな) なにしろ木の葉中の本屋は自分が探してしまったのだから。それに偶然見つけてピンとくるようなタイトルでもなかろうに。そのことを思えば、彼女の「偶然」がそうでないことは明らかだ。 「ありがとな、」 「たまたまだって」 (2015.5.5) (2016.3.20修正) CLOSE |