「おーいはたけのカカシくん」

学食にて。トントンと肩を叩かれた方へ振り向けば。

「・・・」
「ごめん、そんなに怖い顔しないでよ」

俺の頬に突き刺さるの人差し指。ああ、なんて古典的な罠に引っかかってしまったんだ。

「・・・どしたの、なにかあったの?」

それをお前が言いますかね。

「いーや、別に」

衝撃的目撃シーンから一夜。なぜもこんなに胸が重たいのか。俺の横に腰を降ろしたの服は昨日とは違った。そうか、家にはちゃんと帰ったのか。いや解からない、朝帰りかもしれない。なにかあったの、なんて。それじゃあなんですか、こっちは昨日の夜は先生とどうお過ごしだったんですか、なんて聞けばいいんですか。
くだらない。何を怒ってるんだ俺は。

「カカシ、これ。そんなに甘くないから食べれると思うんだけど・・・」

はごそごそとカバンから長細いものを取り出して、俺に差し出した。

「ガマくんウエハース抹茶あ・・じ・・?、こんなん趣味なの」
「私じゃないよ」
「じゃあ何で持ってんの」
「ミナト先生が大量に買ったから」
「へえ、ミナト先生ね・・・って、え、ミ、ミナト先生!?」

ガマくんウエハースからミナト先生を結び付けるなど誰ができようか。それに先生は不倫相手なのに、どうしてそんなにさらっと俺なんかに言ってしまえるんだ。それともなにか、今時の女子大生にとっちゃ不倫なんてステータスの一部ぐらいにしか思ってないのか。不倫とは、もう世間に知られてはならない存在じゃないってことなのか。

「うん。昨日の夜、コンビニでね、どさーっと」

コンビニ?コンビニって昨日俺が研究室の前で聞いた、ミナト先生が言っていた「コンビニ寄っても良いかい?」のあのコンビニ?

「あ、お子さんがいてね、二人でこのガマくん貰うためのシールを集めてるんだって」

どうしてそんなに笑って話をしていられる?
普通、不倫相手の子供なんて、憎んだり、嫉妬の対象なんじゃないの?

「え、あ、え、いや、待って、あのさ、とミナト先生って」
「ん?」
「その、ええと・・・」
「・・・カカシ?」
「だから、その、不倫・・・してるんじゃ」
「・・・え?」

この時の動揺と、鼓動の速さを俺はきっと忘れないだろう。
の口から語られた真相(小さい頃からの付き合いという話)に俺は自分を絞め殺したくなったのは言を俟たない。勝手に色々な虚妄を脳裏で飾り立て、挙句の果てには彼女のあらぬ姿まで作り上げて。
大体コンビニでゴムっていう発想がもうどうかしていた。男と女がレジにゴム出すって、考えてみたらよほどのバカップルか無神経な奴じゃないとできないじゃないか。誰が見てるか解からない公共の場で、准教授クラスの人がそんな馬鹿な真似する筈がなかったんだ。
安堵の隠れたため息と共に脱力した俺を、はきょとんとした顔で眺めていた。ウエハースをもぐもぐしながら。

(・・・馬鹿らしい、こんなことで)

かげがえのない存在なのだと語る彼女の顔は、とても慈愛に満ちていた。満ちていたのに、何故だかそこに憂いを感じて。だからふと思い出してしまったのだ。

初めて逢った日に彼女が言っていた、告白してきた相手を振るときに引き合いに出した好きな人のことを。

あれって、きっと―・・・。













(2015.4.4)
(2016.3.20修正)               CLOSE