「先生、これ」

二限目の途中、登校したばかりの私はミナト先生の研究室を訪れていた。というのも、家を出ようとしたら先生の妻であるクシナさんに呼ばれたのだ。お弁当を忘れてしまったから届けてほしいと。

「ん、悪かったね。さっきクシナからメールを貰ったんだ、が届けに来てくれるって」
「あとこれ、おばあちゃんから」
「わ、おはぎだ、美味しそう!」

先生は、子供みたいに笑う人なのだ。
お菓子を前にはしゃぐ子供みたいに、今もこうしておはぎを前に笑っている。
昔となんにも変わらない。美しい人。

もここでお昼食べてくよね?」
「・・・う、ん」
「あ、何か予定でもあった?」

私がふるふると首を左右に振ると、先生は「お茶でも淹れようか」と言って椅子から立ち上がったので、手伝おうとすれば、それを阻止するかのように肩を押されてしまう。
「ね?」と笑顔で言われてしまったら、私はもうなにも言い返せない。だからその言葉に甘えて先生の机に一番近い椅子に座ると、先生は給湯室へと部屋を後にしたのだった。

(・・・)

堆く積まれた文献やらファイルやらの合間から覗く、クシナさん特製のお弁当。
先生との食事は嫌いじゃない。でも愛妻弁当を食べる先生は見たくない。
クシナさんのことは好き。とても好き。いつも優しくて、困った時は力になってくれるし、間違ったことをしたらちゃんと怒ってもくれる。彼女は私のことを心から心配してくれる人で、私にとってはお姉さんでもありお母さんでもある。
二人は素敵な夫婦だと思う。お互いを支えあっていて、愛に溢れていて。だから幸せそうに笑っている二人の姿を見るのが凄く好き。
凄く、凄く、好きなのに。

「はい、おまたせ」
「ありがとう」

沸かしたばかりの湯で淹れた紅茶は、当然ながら火傷しそうなぐらいに熱かった。
でもどんなに美味しいと評判のカフェで飲むより、先生が淹れてくれたインスタントの方が美味しい、なんて。

「・・・美味しい、先生」
「インスタントだよ?」
「それでも美味しい」
「それじゃあオレはさしずめインスタントのプロってとこかな」
「なにそれ、変なの」

クスクスと笑う私と先生の声が部屋に響く。
幸せだ。切ないけれど、幸せだ。
時間なんて進まなければいいのに。
このまま昼休みに入ったら、もしかしたら誰かが先生を訪ねにくるかもしれない。
邪魔されたくない。ずっと、二人だけでいたい。
じわり。目頭が熱くなる。

、もしかして寝不足?」
「えっ」
「目、ちょっと赤いかな」
「あっ、えーと、レポート、かなあ、昨日三時までやってて、それで」
「そっか、部屋閉めるから少し眠ってくといいよ」

枕も毛布もあるしね、と先生は続けた。

小さい頃からの付き合いだから、きっと私は家族みたいなものなのだ。
なんの気も使う必要のない、兄妹みたいなものなのだ。
わかってる。わかってるけど。

「おやすみ、

せんせいは、ひどいひと。

そのやさしさで、なんどもわたしをきずつけるんだわ。
















(2015.3.28) 
(2016.3.20修正)              CLOSE