カカシは扉を開けて絶句した。
なにせ部屋の中で自分の友人が、二つ並べた椅子の上で毛布に包まってすやすやと眠っていたのだから。
どういう状況か読めないものの、とりあえず大きな声を出してはいけないと判断したのか口を噤んでこの部屋の主、ミナトに視線を投げかける。てっきり部屋の鍵を施錠したと思っていたミナトは「あれ?」と驚いた顔をしながらも、忍び足で近づく教え子を横目に、読みかけの本を裏返し、机に伏せると小声でカカシに話しかけた。

「あれ、鍵閉めたと思ったんだけどな」
「めちゃめちゃ開いてましたけど・・・先生、これは」
「寝不足だったみたいだから、強制的に寝かしつけたんだ」
「きょ、強制的に?」

カカシは机を挟んだ奥で眠り続ける友人を一瞥する。

(・・・初めて見た)

それもそのはずだ。寝ている姿など家族や恋人以外に見せる機会は中々ないのだから。

(こんな顔して寝るんだ、こいつ)

いつだったか自身から、ミナトとは小さい頃からの付き合いだと聞いたことがある。きっと多くの時間を共にしてきたのだろう。その寝顔からは安心が読み取れた。すやすやと、気持ち良さそうに。睫毛の影が頬に落ちているというのに、あどけなかった。

(無防備すぎ・・・)

もっと近くで顔を覗きたい気はするものの、そんな醜態を晒すわけにはいかなかった。深呼吸ののちにミナトの机まで近寄って、本題を喋り始めた。もちろん小声のままで。

「あの、ゼミのことで」
「ゼミ?」
「俺、先生のゼミに入りたいと思って」
「ああ、もうそんな時期か。是非おいでよ」
「え」
「ん?」

この部屋を訪れるまで、カカシの心の中にはミナトに断られたらどうしようという不安があった。だから志望動機やゼミで取り組みたいことなどを聞かれても困らぬように準備をしてきたのだが。それなのに、こんなにあっさりオーケーをもらえたことに少々拍子抜けしたようで、そのことを伝えれば、ミナトは小声ながらにクスクスと笑ったのだった。

「意欲のある子を追い返したりしないよ」
「・・・も、先生のゼミですか?」

その名前が出るや否や、ミナトがをちらりと見た。
その眼差しには親が子を見守るような、そういう類の熱があることを青年は見逃さなかった。

「どうかな、まだ何にも聞いてないよ」

けれどカカシはほぼ確信していた。彼女がこの男のゼミに入るだろうということを。

(なにやってんだろ、俺)

志望動機や研究計画というものは、彼にとっては二の次だった。
ミナトのゼミに入ることが、重要だったのだから。









(2015.3.28) 
(2016.3.20修正)              CLOSE