「悪いね、こいつらの世話付き合わせちゃって」 「ううん、久しぶりに会いたかったからうれしい・・・んだけど、また一匹増えたよね?」 「あー・・・まあ、その、見捨てられなくてさ」 ふとの脳裏をよぎるいつかの光景。あれはオビト、リン、カカシと4人で飲んだ帰りに、通りかかった公園で捨て犬を見つけた夜のことだった。 カカシはしゃがみこんだまま犬をじっと見つめていて、その横でかわいいだのお腹空いてないかだの捨てるだなんて無責任だのと、3人でやんややんやと言っていたから気が付くのが遅かったのだ。聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの声でぽつりと漏れた、「お前もひとりなわけね」の一言に。 だからには軽々しく言えなかった。優しいんだね、とは。 もちろん優しさや犬好きの性分から来る気持ちもあるのだろうけど、元をただせばそれはきっと、カカシが自分自身と重ねてしまうからだ。 捨てられたとまでは思っていないが、でも幼くしてひとりぼっちだったことに違いはない。体の奥底にまで染み込んでしまった寂しさを彼は知っている。自分の写し鏡のように感じてしまうからこそ、手を伸ばさずにはいられないのだろう。 (・・・それでもやっぱり、優しすぎるよ、カカシは) くうんと鼻を鳴らす犬の頭を、何度も行き交うごつごつとした大きな手。カカシの表情は穏やかで、撫でられている犬の方も気持ち良さそうに目を細めていた。どうやらすっかり懐いているようだ。 「カカシと出会う運命だったんだね、はい、ウルシおしまい」 「はは、なにそれ」 「めぐり合わせよきっと。次はグルコかな〜おいで」 掌を上側にしてちょいちょいとがこまねく。長い耳を揺らしながら彼女の元へと小走りすると、グルコはぐるりと体を一回転させてから背を向けるように座り込んだ。そんな風に座るなんて随分と人懐っこくなったもんだ、とカカシは一人と一匹を横目に、パックンの足の爪を切りにかかる。あらぬ方向へと飛んでしまった爪のかけらをアキノが追いかけて匂いを嗅ぐも、さして興味がないのか元のクッションへと戻っていく。 「そういや、この前浴びるほど酒飲んだんだって?」 「なあんでカカシが知ってるの」 「リンからね、聞いた」 すっかり酔いがまわったせいであの女子会の夜、リンがどのように帰ったのかをが知ったのは翌日のことだった。「昨日は潰れててごめんね、大丈夫だった?」とチャットアプリで聞いたところ、クシナが持たせてくれたお土産をカカシのところに届けてから帰ったらしい。それは甘いものが苦手なカカシのためにトッピングはなしの、シンプルなドーナッツだった。 「なにかあった?」 「え、なんで」 「がそんな風に飲むなんて珍しいから」 「た・・・楽しかったから、ついつい進んじゃって」 は困ったように笑ってみせたものの、わずかな間があったのをカカシは見逃さなかった。 じいっと彼女を見やって、カカシはすぐに続けた。リン、言ってたよ、お腹痛くなるほど笑ったの久しぶりだって、と。そっかあ、とはカカシに視線を合わせることなくグルコにブラシを通し続ける。ふわりとしたアンダーコートが果て無く抜け落ちるのを見る女の湿っぽい瞳。 「カカシ、わんちゃんの換毛期ってすごいね」 「無尽蔵に出てくるから家の中が毛だらけだよまったく」 意図的に変えられてしまった話の流れ。誰の目にも明らかな不器用さに、気が付いている人間はどれぐらいいるのだろう。それとも、そう思っているのはカカシただ一人なのだろうか。 些細な変化に気が付くことができるのは、それだけ相手を見ているからだと思い知った青年は、となりに佇む存在に気取られぬよう音もなく息を吐く。その息吹を感じたパックンの瞳は辛気臭そうだった。 (ほーんと、嘘がへたくそだなあ) (2020.7.24) CLOSE |