「みんなカカシが大好きなんだね」
「そうかな」
「だってみんな野良だったのに私が触っても怒らないのは、それだけカカシの愛情が注がれてるからでしょ」
「それは単純にのことが好きだからなんじゃない?」

こいつら雄だし、の一言がカカシの口から出ることはなかった。それはそれで嬉しいけどね、とサングラスをかけたアキノの写真を撮るがとても楽しそうだったからだ。
そういう屈託のない笑顔が犬を安心させるんじゃないかともカカシは思ったが、はたして自分がそんな顔をしていたことがあっただろうかと一瞬悩み、彼はパックンに視線を落とす。普段はふてぶてしくもどこか愛嬌が混ざる顔も、今はなんだかしかめっ面度が増している気がした。それはあたかも、お前の屈託のない笑顔なんぞ気持ち悪い、とでも言っているかのようだった。

「お茶でも飲む?」
「うん、ありがと」
「冷たいの?あったかいの?」
「カカシは?」
「俺は冷たいやつ」
「じゃあ私も」

前半戦はこのぐらいにして休憩でもするか、とカカシが立ち上がると、服に引っ付いていた犬たちの毛がこれでもかと舞い上がった。顔に付いたそれが口に入りそうだったので慌てて手の甲で拭うも、案の定そこにも毛が付いている。これだから犬の換毛期は厄介だと感じることもあるが、それでもそういう時期も嫌いじゃないことを思えば、やっぱり性分として犬が好きなのだということを彼は改めて感じた。

「あ」
「どしたの?」
「氷作るの忘れてた、無くていい?」
「もちろん」

空になった製氷皿に水を張って冷凍庫にしまってから、冷蔵側の扉を開けて麦茶を取り出す。注がれたグラスはすぐさまうっすらと汗をかいた。氷がなくとも十分冷えているとはいえ、やはり氷があった方が見栄えは良かった。
さて盆はどこだったかと棚を探すカカシの視界の隅に、犬たちと戯れるの姿がちらちらと入ってくる。もふもふという言葉が似合うぐらいに犬にまみれるその姿に、ほんの少しの間、青年の意識が奪われていく。

(・・・)

こういう日常が続けば良いと思うだけはタダだ。そんなセンチメンタルな気持ちに呑まれそうになるのを遮ったのは、彼女の小さな小さな、諦めにも似た、自嘲にも似た一言だった。

―きみたちは、好きなひととずっと一緒にいられるね。

はっきり聞こえてしまう自分の耳が恨めしいと感じながら、カカシは平生を装って、というよりも彼女のそういう気持ちに慣れたことから来る冷静さを身にまとって、盆に二つのグラスを乗せた。

「あのさあ、

もう不毛な恋なんてやめれば、とカカシは続けそうになった。けれどそれは自分が言うことでもない気がして、すぐさま憚られてしまう。彼女自身で答えが出ずぐるぐると歩みを止めてしまうのだから、もう彼女だけではどうにもできない問題なのではとも思うけれど、でも口を出すのはやっぱり違う。それに歩みを止めているのも、別に彼女からしたら大した問題ではない可能性もある。だって彼女はこの先一生波風ミナトを好きだと思いながら生きていきたいのかもしれないのだから。
その恋を不毛だと思っているのも、気持ちを捨ててしまえば良いと思っているのも、歩みをまた始めてほしいと思っているのも、全部全部、自身のエゴだ。

「どしたの?固まっちゃって」
「あ、いや、夏が来るなって思って」
「・・・絶対違うこと言おうとしたよね?」
「・・・ハハハ」

あやしい、とはまたブラッシングに戻りながら、カカシから受け取った麦茶に口を付ける。横顔は変わらず楽しそうなまま。そんな彼女の喉の動きを自然と追ってしまう男の双眸。
そう、一人暮らしの男の部屋に、彼女でもない女友達と二人きり。おいしいシーンなんだろうけど、と意識しないでもない。とはいえ、そういう空気でないのは確かなのだけれど。
カカシは一気にグラスを空にした。労働のあとのビールは上手いとばかりに喉を通る麦茶には爽快感があって、特売日に買ったスーパーの安い水出しとは思えないぐらいだった。

「あ、そうだ私ね」
「ん?」
「バイトしようかなって思って」
「へ」
「しようかなっていうか、もうバイト先は見つけちゃったんだけど」
「えっ、どこで」
「甘栗甘。この前通りかかったらちょうどバイト募集してて」
「またどうしてそんな急に」
「思い立ったが吉日って言うでしょ」









(2020.7.26)              CLOSE