「時々無性にジャンキーなものが食べたくなるのよねえ」
「なるなる、ラーメンとか、フライドチキンとか、ハンバーガーとか、お菓子とか」
「罪深い味って涙出るほど美味しいもんね」

ミナトが学会で留守にしているから、とクシナに女子会と称して呼ばれたリンとが波風家のドアを開ければ、家の中はバニラの甘い香りがどこまでも広がっていた。
出てきたクシナはエプロンのところどころに白い粉を付けて、不敵な笑みを浮かべて言ったのだ。二人とも、ドーナッツはお好き?と。

「CMでもやってるよね、ほら、美味しいものは脂肪と糖からなんちゃらって」

リンがそう言うと、クシナとは油の跳ねる音を前にうんうんと大きく頷いた。
菜箸に挟まれ、熱々の海から引き上げられたドーナッツは、まさに脂肪と糖の塊だ。しかもこんがりキツネ色に揚がったこれらはこの後溶かしたチョコレートにダイブするのだから、それはそれは許しがたい美味しさが待っているに違いない。

「分かってはいるけど・・・ねえ?」

今度はが言う。するとリンは苦悩の表情で大きく頷いた。
食べたい。でもカロリーは悪魔級だ。このカロリーを消費するのに一体どのぐらい時間がかかるのだろう。けれども食べたい。だってこんなにも甘い香りが私を誘っているのだから。
そんな思いが次々と脳裏を駆け巡る二人に喝を入れるかの如く、クシナは眉を顰めてそれぞれの瞳を強く覗き込んだ。

「んもう、毎日食べるわけじゃないんだから良いんだってばね!食べるぞって決めたときはなんでもかんでも気にしちゃダメなんだから」
「う、あ、そうだよね、クシナさん、私チョコレートにたっぷり浸すことを誓います!」
「よし、その調子ってばね!ほらリンちゃんはどうなの?」
「えっ、じゃあ、ええっとさらにその上からカラースプレーを沢山かけることを誓います!」
「いいぞいいぞ、それでこそ女子会よ」

揺れる赤い髪がまるで炎のようだとリンとは思ったのも束の間、クシナから板チョコ入りの袋とカラースプレーの入った瓶が手渡される。

「湯煎は面倒だからレンジで溶かしちゃいましょ」

刻んだチョコレートから立つカカオの香りが鼻をくすぐったが、溶かしたそれからはもっと濃厚な香りがした。ゆっくりと、けれども確実に脳が魅了されるのが分かる。
どうしてチョコレートはこんなに夢のある匂いがするんだろう、とか、チョコレートといえばあの映画見たくならない?なんて話をしながら、は粗熱の取れたドーナッツを艶のある茶色の海原に沈めていく。

「よ〜し網に乗っけますよ〜」

半面にだけコーティングを施し、引き上げようとしたところで、クシナにえいと手首を押されてしまった。

「あー!全部浸かっちゃった!」
「ふっふっふリッチなドーナッツになったじゃない」
「これからさらにリッチになるわよ」

スイッチの入ったリンが楽しそうに、手に持ったカラースプレーの瓶をちらつかせる。
濃い茶色に染まった次の瞬間、網に乗せられたドーナッツは赤や黄色や白や緑の、色とりどりの飾りの雨で覆われていった。

「ん〜外国に売ってそう」
「あ、それわかる。ド派手なやつでしょ」
「あれはあれで夢があるのよねえ、今度作るときはホワイトチョコを買ってくるから、それでどぎつ〜い色をつけましょ」

普段絶対食べない色にするのもわくわくしちゃう、とクシナは笑いながらキッチンを二人に任せ、テーブルを片付けに出て行ってしまう。
鼻歌混じりにカップボードからマグカップを出す姿はとても楽しそうだった。揺れる赤い髪を横目に、リンが優しい眼差しで口を開く。

「ねえ、クシナさんが家にいたらきっと毎日楽しいね」
「ほんとだよねえ、おちゃめでかわいいもん」
「あーあミナト先生が羨ましい」
「かわいいなあ、ほんと」

お砂糖菓子みたい。その形容は少し変かもしれないとは思った。でも強ち間違いでもない気がする。それに、一緒にいると気持ちだけではなくて体も温かくなるような、そんな不思議な力もクシナは持っている。

コーヒーと紅茶とどっちにする?と振り向いたクシナの瞳は溢れんばかりの純粋さで満ちていて、とても輝いていたのだった。











(2020.1.3)              CLOSE