ミナト先生のゼミに入った三年生は、全部で七人だった。その中で見知った顔は二人。カカシとだ。
普段の生活範囲とそう変わらない顔ぶれだな、なんて思うけれど、それはそれで安心感のある平凡な日常で心地良い。なにより新しく覚えなければならない名前が二つ減るのは良いことだった。
とはいえこの七人から、きっと半年も経たずに一人は辞めるに違いない。大概ミナト先生の女子人気に乗じてふらりとやってくる学生がその一人になると相場は決まっていた。
確かに先生は女子学生にモテる。そんなの当たり前だ。イケメンで、頭も良くて、男女関係なく優しくて、爽やかで、イケメンで、優しくて、それでイケメンで。女子がキャーキャー言うのなんか幼稚園児にだって分かるってぐらいにかっこいい。
そういうわけで、聴講タイプの講義には目の保養とばかりに女子が群がるもんだから、その女子目当てに野郎が集まりいつも満席だ。けれどいわゆる「能動的」な態度が求められる演習タイプの授業では、びっくりするほど学生が少なかった。このゼミだって女子はリンしかいなくて、今回ので二人目だ。
それだけ先生の優しそうな顔とは裏腹に、ゼミの内容は厳しいということだが、その一方で、女子たちも先生に注ぐ眼差しはアイドルに対するそれと一緒なだけで、先生の研究対象にはさして興味を持っていないのがよく分かるのだった。それが悪いわけでもなければ、にわかだなんて悪態を吐く気持ちはこれっぽっちもない。むしろ健全な騒ぎ方だと思うぐらいだけれど、「好き」の気持ちには色々な種類があることをいつも突き付けられている気がした。

(いかにもチャラついてそうなアイツは女子目当てだな)

片側の前髪は長いし、それでいて自信もってこの髪型してます、みたいな。ああいうのロックバンドとか好きな女子は好きそうだな。さっき自己紹介の時なんて言ってたっけ、神月だっけ。なんだか名前までチャラいやつだ。
そんなことを思っていたら隣の奴が耳打ちしてきた。今年も華が足りねえよなあ、と。分かる分かる、なんて適当に相槌を打ったけれど、別に誰がいようといなかろうと、俺には関係なかった。
だってリンさえいれば、俺はそれで良かったんだから。
まあ、他に女子がいないからってみんなの目がリンに行くのも嫌だから、そういう意味じゃ他の女子がいるに越したことはないのだけれど。

(いやそれに悪すぎだろ)

最低な考えだと反省はしたのも束の間、自己紹介を終えたは俺の前列に着席した。リンと俺にとびきりの笑顔を向けながら。

だって、そりゃあ可愛いよなあ)

優しいし、愛想もいいし、友達想いだし。
確かに可愛い。でも、可愛いっていうのは「可愛い後輩」ってことであって、違うんだ。何が違うって、恋愛対象にはなり得ないっていう意味で、だ。
もしも俺とリンが出会ったあの日、あれがリンじゃなくてだったら、何か変わったんだろうか。
もしもあの日、絆創膏を差し出してくれたのがだったら、好きになっていたんだろうか。
なんて思ってもあの時に戻ることはできないし、かといってバージョンのシチュエーションを体験することも全くできないけれど、でもそれでも、違うんだ。この違うという気持ちが得体のしれない感覚だったとしても、俺は自信を持って言うことができる。
リンだから、自分は恋に落ちたんだ、って。

(俺はリンが好きで、でもリンはカカシが好きで、そのカカシはを見ていて、ってなんかあったよなこういう漫画)

前にリンが読んでいた。すっごく切ないんだよ、とドハマりしていたリンはそう言っていた。彼女と何か話題を共有したかったから伝えたんだ。興味があるって。そうしたら次の日には、泣いちゃうからティッシュ必須だよ、と全巻貸してくれた。正直、結末は全然覚えていないのに、リンが泣いたんだろうなってページのことはよく覚えている。だって涙が零れた跡が、時折捲ると現れたのだから。

(・・・は好きな奴、いるのか?)

これで俺だったら面白いな、と思えるほどには頭は冷静のつもりだったし、あり得なくもないのでは、という期待もあった。だって俺たちはよく四人で遊ぶことも多いし、飯だって作って食べたりするし、他の奴らにくらべれば、ずっと似たような時間を共有してきたんだから。でも、思い返したところでが俺にそういう気を飛ばしていたシーンは浮かばない。あるといえば、給湯室で可愛いと言われたぐらいだ。

(かっこいいならまだしも、可愛いじゃなあ)

そんなの脈なし以外の何ものでもない。とはいえやっぱりあったところで「ごめんな、ありがとう」しか言えないのだから無い方が良いのだけれど。

(あ、待てよ、それって)

これって、自分の気持ちに対するリンの答えでもあるんだ、と気付いた時には、もう遅かった。
どくんどくんと血が騒ぐ。心臓を圧迫して、全身に痛みが走る。足先がぴりぴりとしてきて、一瞬にして唾液が消えたかのように口が渇いた。
斜め前に座るカカシ。カカシの後姿を見つめるリン。リンの視線に胸を痛める俺。恋のことを考える俺。恋に振り回される俺。

(誰かを好きな気持ちがどんなに純粋だって、それが誰かを傷つけたりもするんだよな)












(2019.11.10)              CLOSE