大学からの帰り道、近所の公園のブランコに佇む少年が一人。太陽を思わせるような笑顔を常に浮かべるその姿が、どうしたことか今日はまるで別人ではないか。

「ナールト」

どうしたの、とが近付けば、徐に頭を上げた少年と瞳がかち合う。拍子、揺れたブランコの鎖から、油の足りぬ音と共に耳に残る高い金属音が上がった。

「・・・なんだ、ねーちゃんか」
「悪かったわね私なんかで」
「そこまで言ってねえってばよ」
「ほぼ一緒でしょ」

げっそり、と形容するのが正しいかもしれない。がくりと肩を落としたナルトは、浮かぬ顔で、いや、この世の終わりとも言えん顔でをじろりと見やった。その視線をひしひしと感じながら、彼女はブランコを囲うように設置された柵に腰掛ける。

「・・・」
「・・・?」

無言の圧力。すぐさまは、この少年がしばしば面倒くさい性格をしていることを思い出す。普段は素直で気持ちをはっきりと伝えるナルトだが、時々、そう、今みたいに胸に何かを抱えている時、口を噤んでただただ視線のみで訴えてくることがあるのだ。
察してちょうだいと言わんばかりの乙女心にも似たその信号は、可愛いか可愛くないかで言われればもちろん可愛い部類に属している。けれど同時に面倒くささがあるのもまた確かだった。

「・・・何があったの?まあ、言いたくないなら言わなくていいけど」

が首を傾げてみせると、待ってましたとばかりにナルトは「あのさあ」と口を開く。

「今度花火大会があんじゃん?」
「あるねえ」
「それでサクラちゃんを誘ったんだけど、断られちまってさあ」

はあ、と少年から盛大なため息が上がる。

「立派な勲章じゃない」
「勲章?フラれたのに?」
「だってデートに誘うってすっごく勇気いるでしょ、私にはできないもの」
「ねーちゃんも好きな人いんの?」

「好きな人」の一言にの胸がどくりと高鳴った。「君のお父さんのことが好きなのよ」とは口が裂けても言えない彼女は、引きつった笑みを浮かべて、「だからね」と強引に話を遮りにかかる。

「ちゃんと言葉にして伝えたナルトはすごくかっこいいよ」
「・・・ほんとに?」
「ほんとほんと」
「へへ、ま〜一回フラれたぐらいじゃ諦めーけどさ、でも何が悔しいって、断られた理由がサスケってところなんだよな〜」
「サスケ?クラスメイト?」
「そ!スカした野郎なんだってばよ」

ふん、と鼻を鳴らしたのをきっかけに、話題がクラスメイトの「サスケ」に変わっていく。どうやらナルトはこのサスケをライバル視しているらしい。成績優秀なのがムカつく、だの、女子にキャーキャー言われてんのがムカつく、などと次から次へと面白いほどに悪口が飛び出すではないか。

「・・・あいつには、ぜってェ負けねーんだ」

その瞳に宿る炎を前に、はふと思った。青春だ、と。

(花火大会かあ・・・、先生と行ける、のかな)

恋慕の情を抱く相手がナルトのようにクラスメイトではない手前、そうやすやすとデートがしたいだなんて言えはしないのだけれども。

(・・・気持ちを伝えたら、少しは・・・)

何か変わるのだろうか。いや、この気持ちを伝えたところで一体何になると言うのだろう。相手は子持ちの既婚者だ。どうにかなりたいわけじゃない。家庭を壊したいわけでもない。 確かに気持ちを伝えた方は楽になるのかもしれない。けれど伝えられた方はどうなってしまうのか。そんなもの、困惑するしかないじゃないか。伝えてしまったが最後、二度と今のようには戻れない。それは1+1が2になるぐらい自明のことだ。子供にだってわかる。目に見えた未来だ。

(いやいや、だめでしょ)

だけど―…。
彼女は描いてしまった。心の中に。真っ暗の空に浮かぶ美しく彩られた火の数々を。それを吸い込んだ愛しき人の瞳の鮮やかさを。浴衣姿で喧騒の中を進み歩む、日常から遠く離れた時間のことを。











(2018.8.20)              CLOSE