「ん?なんだこれ?」

ルーズリーフを切らしていたオビトがカカシの鞄を漁っていると、なにやら気になるものを発見したらしい。彼は眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げながら、さらにがさごそと中を引っ掻き回す。
雑に手を突っ込むなよ、とカカシは呆れ眼でその姿を見ていたが、友人の取り出したものが双眸に入り込むや否やハっと目を見開いた。

「お前こんな趣味してたっけ・・・?」
「何を持ってようが俺の勝手でしょ」
「マスコット、ねえ」

オビトが鞄から吊り上げたのは手のひらサイズの犬のマスコットだった。鼻先と耳が濃いブラウンで、体の色がアプリコットでできたパグ犬。彼は一瞬首を傾げたものの、すぐさま「ああ」と合点がいった顔を浮かべる。

「そういやカカシ犬飼ってたっけな、にしてもお前がマスコット持つとかさ〜、なんだかんだで親バカですな」

くくっと笑ってオビトが肘でカカシの小脇を突くと、彼は「はいはい」と友人の手から奪い取るようにマスコットを掴み上げた。

「でもほんと、カカシっぽくないっていうか〜」
「ま、もらったもんだからね」
「え!まじかよ!誰から?なあ誰から!?」

手のひらにおさまる愛想のないところが可愛い犬の目を見つめながら、カカシはこれを貰った時のことを想起した。

(・・・もうそろそろ一年か)




*




それは去年の9月、夏休みもいよいよ終わりに近付いた日のことだった。
カカシとは締め切り間際の課題を片付けるべく大学の図書館へと足を運んでいた。その中の作業スペース(飲食可能で本は学生が購入したもののみ持込可能、事前申請あり)で一日中しかめっ面でパソコンと向き合う二人。お互い分からないところを聞き合ったり調べ合ったりしながら着々と作業が進んでいく。そうして日が沈む頃には幾つかある内の一つを無事終わらせることができたのだった。

「ひやあ〜一個終わった〜」
「あ〜しんどかった、でもこれが終わればあとはどうにでもなるな」
「おつかれおつかれ」

何か飲物を買ってくるとカカシが財布を持ってその場を後する。「いってらっしゃい」とは告げて机の上を片付けにかかると、その数分後には、そろそろ部屋を閉めるから渡した鍵を返して欲しいと司書がやってきた。
鍵は学生証と交換することで貸し出されたもの。「戸締りは私がするから早めに片付けて帰ってね」と微笑む司書に、「ありがとうございました」と鍵を手渡せば、預けていた学生証が返ってくる。
カカシの名で部屋の登録をしていたため戻ってきたのは彼の学生証だった。相変わらず眠そうな顔してるなあ、と彼女は写真を見ながら目を細めると、その隣に書かれた生年月日にふと視線が奪われた。

「ただいま」
「あ、おかえりカカシ、司書さんから学生証返ってきたよ」
「ん、ありがと」

からカードを受け取るとカカシは財布の中にそれをしまう。が、なにやら視線を感じるような気がして―と言えどもそんなの横にいる以外にいはしないのだが―、横にちらりと視線をやれば―…。

「な、なに?」
「ねえ」
「はい」
「カカシってば今日誕生日なの?」
「え?」
「それ受け取った時に見ちゃったの、ごめん」
「あー・・・うん、そう、今日誕生日」

ぽりぽりと、照れくさそうにカカシは頭を掻く。

「・・・誕生日なのに課題とか・・・寂しいねカカシくん・・・」
「うるさい」
「良かったの?私なんかとここにいて、予定とか・・・」
「ないよ、寂しい人間なもんでね」

そんなに卑屈な返事をしないでとは言おうとしたのだが、その時先ほどの司書が時間を過ぎていると忠告に来てしまったのでかなわなかった。
そのまま急いで荷物をまとめ図書館を後にした二人はとぼとぼと駅の方へと向かって歩いたのだが、先ほどの会話などまるでなかったかのようにカカシは新たな話題をし出してしまう。だからもついつい彼の話に合わせてしまったが、駅に近づけば近づくほど、そう、カカシとの別れが近づけば近づくほど彼女の脳裏には図書館内での会話がループしていた。
予定がないと言っていたが本当にないのだろうか。もし私になんて祝われたくなかったらどうしよう。そんなことばかり気にしてしまう。
だけれども。そのまま別れるのだけはしたくなかった。

「ほんとに予定ないの?」
「ない」 「ね、カカシ、ゲーセンいこ」
「ん?いいけど」

ゲーセンなんて好きだったっけ?とカカシは突然のの言葉にはてなを浮かべたが、何かする予定などなかった身だ。断る理由などどこにもありはしなかった。
言われるままに近くのゲームセンターに入れば、耳を劈くような爆音が。世界が急に回転したかのように空気が変わった雰囲気に、カカシはを見失わぬよう歩幅を狭めて彼女の横にくっつく。
久方ぶりにやってきた遊びの場には様々な年代の人間がいた。そういえば高校生はもう学校が始っているな、なんて頭の隅で思いながら鮮やかな照明が並ぶ機械を幾つも通り抜ける。彼女は一体何がお目当てなのだろうと彼は隣を歩くの動向に注意したが、言いだしっぺの本人も、何かきょろきょろと店内に視線を配らせていた。

「あ!あった〜!ほら見てカカシ」

指で示された方に首を傾ければ、そこには手のひらサイズの様々な犬種が集まったクレーンゲーム。

「まだ終わってなくて良かったあ」
「お前これが目当てだったの?」
「だってね、パグがいるんだよ」

カカシとの間で共通するパグと言えば一つしかなかった。彼が飼っている小型犬。おじさんみたいな顔をした、けれども可愛い可愛いその名も「パックン」。

「来年はちゃんとお祝いさせてね」
「いいのにそんな気にしなくて」
「だめよ、誕生日なんだから。それでこれ取ったらご飯食べに行こ」

ね?とは首を傾げた。その姿が妙に女らしくてカカシの心が高鳴る。


ちゃりん、と、小銭の落ちる音がした。















「でえ?誰からなんだよ〜言えよ〜カカシィィ」
「え〜なんでお前に言わなきゃいけないんだよ」
「いいじゃねーか減るもんじゃないし。な?」
「減るから秘密」
「はああああ!?」
「先帰るぞー」
「あっこら待てよ!」













(2015.9.15)
(2017.7.30 加筆修正)