「え!てっきりカカシとは付き合ってるのかと思ったよ」
「ぶふっ」
「おいきったねーなお茶吹くなよ!」

ゼミへの参加申込書を渡しにカカシがミナトの研究室にやってくると、そこには来客という名の週に三日は彼の部屋に居座るオビトもまたいたのだった。
カカシにとっては、オビトとは喧嘩をして以来まともに会っていなかったが、それも長い付き合いゆえか、お互いそんなことなどすっかり忘れてしまったかのような接しぶりだ。とはいえ紙を渡すついでのわずかばかりの世間話のつもりが、なぜこんな展開になってしまったのか。

「ん、ほらカカシ、タオル」
「あ・・・ありがとうございます」
「買ったばっかのTシャツに野郎の唾があああ」

せめてリンのにしてくれよ、とオビトが言うと、ミナトはくすくすと笑い声を上げた。何を隠そうこの青年、リンのことを相談しに入り浸ることも多ければ、今日は彼女はこんなことをしていて可愛かったとか、絆創膏を貼ってもらったんだと自慢しにきたりと、逐一いらぬ報告もしているのである。もちろんミナトはそんな高校生のように多感なこの学生を微笑ましいとも思っているし、二人が上手く行けば良いとも思っている。ただ肝心のリンの方がどうやらそういう訳にはいかないようだということも雰囲気で察知しており、だからこそ余計にオビトが可愛いのだった。(といっても彼にとってはリンも可愛い教え子なので、その相手を分からないながらも彼女の恋路も上手く行けば良いと思っている。)

「悪かったな汚い唾で」
「そこまで言ってねーよ、まーかっかすんなって」
「誰のせいだ誰の」
「そりゃ〜・・・ミナト先生?」
「え?俺?」

ミナトは一瞬きょとんとした顔をするものの、思い返せばそういえば自分の一言が発端だったと気が付く。

「ごめんごめん、いつも一緒にいるからちょっと気になっちゃって」
「じ、実のところはどうなんだよお前、す、す、好き、なのか、のこと」

オビトは以前聞きそびれた話の答えを聞き出そうと、ドキドキしながら横目でその質問をしたのだが、カカシの頭の中ではミナトの「気になっちゃって」という台詞が一人歩きで頭の中を回っていた。それは一体どういうことなのか、と。深い意味なんてきっとないだろうが、それでも何目線でもってそれが言われたのか。親目線?大切な娘だから自分では不釣合いだということを伝えたいのだろうか。いやまさか、そんな古典的な人間でもなかろうに、とも思ったが強ちそうとも言えない節もなくはない。
以前波風宅に世話になった時に気付いたことがあった。彼の、の頭を撫でる回数が異様に多いということに。それはさながら娘を守る父親のようでもあり、妹を守る兄のようでもあり。
ただの好奇心でありますようにと思っている一方で、ようやく友人の質問が脳裏に押し入ってくる。

「どう、って」

男に似合わぬキラキラと輝く二人の眼が、まっすぐにカカシを射抜いた。

(う、なんだこの視線・・・)

まるで餌を待つ仔犬のようではないか、とカカシは思わず一歩後ずさる。

(・・・でも)

ここで好きだと答えたら、ミナト先生は一体どんな反応をするんだろうか―…。

「おーい、答えろってカカシィ」
「ん、ごめんごめん。ちょっと度が過ぎちゃったね、いいんだよカカシ」

その余裕が、カカシの何かをぷつりと切れさせたのは確かだった。


「・・・すき、です」


静寂が、部屋を襲った。
元から彼が冗談でそんなことを言う人間ではないと知っているからこそ、二人は余計に反応できなかった。
カカシからしても、それで何かが変わるとは思えなかった。けれどもたとえ相手にその気がなくとも目の前にいる金髪の二枚目は、教師として尊敬しているにせよ、自分にとっては競争相手なのだ。それも、今の自分では辿り着けない地点にいる、そういう相手だ。
最早カカシにオビトの姿は見えていなかった。
ただ真っ直ぐに、ミナトだけを捉えていた。

「好きです、あいつのこと」










(2015.7.24) 
(2016.3.20修正)              CLOSE