(紹介してね、とは言ったものの)

コンビニに寄るからと駅の改札でと別れたミナトは、焦点の合わぬ目で―それはおそらく沈みゆく夕日に向けられていた―自宅までの直線を、普段よりも狭い歩幅で歩いていた。

(それはそれで、)

これが俗に言う娘を嫁に出す父親の気持ち、というものなのだろうか。そんな考えが頭を過ぎると同時に思い返されるのは、先ほどの研究室でのやりとり。
教え子の自身に向けられたあの強い眼差し。それを敵意と呼ぶには少々強すぎるし、かといって反抗心と呼ぶには弱すぎる気もする。けれどあれはそういう意味を含んだ目つきだった。オビトと違って気持ちを素直にぶつけるタイプではないからこそ、ミナトの胸にはカカシの視線が鋭い刃物のように突き刺さってしまう。
今思えば、「お似合いだと思うよ」ぐらい言ってやれば良かっただろうかという気にもなるが、落ち着いて考えればそれもまた正しい答えのような気はしなかった。

(・・・あのときカカシは俺を見ていた)

そう、あれは、「実は〇〇のことが好きなんです」なんて照れたように周りに暴露する可愛いものではない。隣にオビトがいたにも関わらず、カカシの視界にはミナトしか映っていなかったのだから。
理由はいくらでも見つかる。なにせミナトとはカカシよりも付き合いが長い。彼が決して割って入ることのできない世界がそこには存在しているのだ。とはいえそういった事柄を差し置いても、あの教え子があんなにも感情をむき出しにするとはきっと誰にも想像がつかなかっただろう。裏を返せばそれだけ本気ということなのだろうが、おそらく彼自身もその行為に困惑していたに違いない。

(気になっちゃって、なんて言ったけど)

ミナトは自問した。なんの気なしに言ったあの言葉の本意はなんだったのだろうかと。
確かには可愛い。小さい頃からその成長を見守ってきたし、血の繋がりはなくとも自分にとって彼女はもはや家族同然だ。幸せを願ってやまない日はない。いつもにこやかに笑っては安寧をもたらしてくれるが、時折どこか切ない色を浮かべることもある。そんな時決まって彼女は壊れ物のように見えてしまう。そうさせてしまう原因として思い浮かぶのは、自分からしてみれば当然彼女の家族のことだが、それもどこまで合っているかは分からない。ただひとたびその姿を目にしてしまえば、守ってやらねばという気になってしまうのだ。
だからこそ「気になっちゃって」のあの一言は明らかに、彼がと付き合う相手が一体どういう相手なのか気になる、の意だった。ということは自分はもしかして知らないところでカカシを値踏みしていたのだろうか。
はたとその考えに至った瞬間ミナトの瞳が自然と大きくなる。

(俺、もしかして凄くイヤな奴なんじゃ)

彼女の行く末を決めるのは他の誰でもない彼女自身だ。口出しできる権利など誰にも、どこにもない。
やはり気持ちは娘を嫁に出す父、はたまた大事な妹に恋人ができた兄のそれのようだ。
もちろんカカシがに相応しくないとかそういう問題ではないけれど。むしろ問題はカカシにあるのではなく自分の方で、それは子離れできない親と似たものがあるのかもしれない。

(・・・そう、相手を決めるのは、俺じゃない)

はあ、と大きなため息を吐くミナトの横を、夕飯の材料を買った帰りだろう中年女性の乗った自転車が通り過ぎていった。












(2016.8.15)              CLOSE