改札を通り抜けて直ぐ、夕日に照らされてキラキラと光る金髪を見つけた。その横顔の温和な表情が橙とよくマッチしていて私の目に至極優しく映り込む。電車の停止位置を知らせる目印を踏むように立っていた先生の後ろに忍び足で近づいてみると、どうやら先生は音楽を聴いているようで黒のイヤホンコードが耳から垂れていた。一体何の音楽を聴いているのだろう。先生の好みを熟知しているわけではない。というのも昔先生が自身の音楽機器を見せてくれたことがあるのだが、あまりに色々なジャンルの曲が入っていて、結局どれが一番の好みなのか分からなかったのだ。先生に聞いてみても、色々好きなものがあるから決められないなあ、なんて笑っていた。 自分よりも高く大きな背中に一度だけ「先生」と声をかけてみるが案の定聞こえていない。だから後ろからでもその長さが十分にわかるもみ上げを少しだけ引っ張ってみると、先生は大層驚いて肩を上にびくつかせ、真ん丸に開いた瞳でこちらに振り返ったのだった。 「びっくりしたあ」 それは促音にかなり力をこめたような口ぶりであったが、しかし先生はイヤホンを引っ張った主が私であると分かるとすぐさまくしゃりとした笑みを浮かべた。「も今帰りだったんだ」と先生が両耳から外したコードを音楽機器に巻きつけ始める。その骨張っていながらも繊細そうな指先を美しいと思った。 その所作に魅入っていたら頭上にあるスピーカーから電車の到着を知らせるアナウンスが入り、数秒もすればホームにけたたましい轟音が鳴り響き、風が私たちに勢いよくぶつかってきた。 目も乾ききってしまうような風ののちに電車の扉が開いたので乗車すると、まだ本格的な帰宅時間ではないためか車内は比較的空いていた。 「先生がこんな時間に帰るなんて珍しいね」 「ん、実は今日他の大学の教授と会う予定だったんだけどキャンセルになっちゃってね」 「残念だった?なのか、ラッキーだった?なのかどっち言えば良いのか迷っちゃう」 「あはは、ラッキーの方かな。こうしてに会えたしね」 ボックス席に向かい合わせに落ち着くや否やこんな会話だから困る。これがそんじょそこらの男の台詞だったならばこのキザ男が、と思うものの先生には一切そういう変な意味がないのだ。天然のたらし的な。顔がじんわりと熱い気がして、きっと頬でも赤くなっているんだろうと思うが、窓辺から射すオレンジの強い夕日のおかげで肌の色はよく分からないはずだろう。反対に私の方からは先生の顔がよく見えた。いい年をした大人のくせになんて無邪気な笑顔なんだろう。 「・・・私も先生に会、」 だから無意識のうちにそんな言葉が出かけていた。何を言おうとしているのかに気付いて、はっと息を飲む。 「ん?」 「あ・・・私も先生を見つけると思ってなかったから、ラッキーだったなって」 ―私も先生に会いたかった。 意味合い的にはどちらもそんなに変わらないけれど。最初に言いかけたほうはどうしても意味が深すぎる気がして。 少し照れくさくて視線を外すも、視界の端に映る先生が私をじっと見ていたので、それが私の中の焦りを助長させた。私、なにかまずいこと言ってしまっただろうか。 「はさ」 「う、ん」 「好きな人、いるの?」 「えっ」 予想だにしなかった問いに、今度は私の方が肩が震える。 「ど、どうして?」 色恋話を先生と面と向かってしたことなんて、今までありもしなかった。きっと私が無意識のうちに避けていたからかもしれない。 先生のそういう話を落ち着いて聞いていられるだけの勇気がなかったから―…。 「・・・ちょっとね。いつかもお嫁に行っちゃうんだなって」 「お嫁って・・・私まだ大学生だし、そんなの・・・ねえ」 「が巡り会う人はきっと素晴らしい人だって俺には分かる。だからそういう人ができたら紹介してね、クシナもきっと喜ぶ」 先生はにこりと笑った。 不思議なものでその笑顔はとてもとても、大人の顔をしていたのだった。 (2015.11.1) (2016.3.20修正) CLOSE |