「スーツ姿のリンちゃんって新鮮だなあ」 「来年の今頃はもきっとこんなよ」 就職活動帰り、リンはたまたま駅でと出くわした。お互いこの後予定が無いということから夕食を食べに行こうという話になり、駅の中にある最近出来たばかりのカフェにやってきたのだ。 この店はソファ席がほぼベッドのような形で作られており、その上で寛ぎながら食事ができるというルームデザインで、今若い女性を中心に人気急上昇中のところだ。それは二人にとっても同様で、席に案内されると童心に返ったように二人は目を輝かせ、靴を脱いで上がりクッションを抱えてメニューを手に取ると、女性の心を掴むような内容にさらに気分はさらに高揚していく。結局あれもいいだのこれもいいだのと絞りきることができず、いくつか頼んで二人で半分こにしようという結論に辿り着いたのだった。 他愛の無い話に花を咲かせ、メインの料理が運ばれてきたころに、リンが「あのね」と神妙な面持ちで切り出したので思わずも箸を止めて話を聞く。 「就活、やめようかと思って」 「え!」 「あっ上手く行かないとかじゃないのよ、そりゃ確かに最近お祈りメールばっかりだったけど」 「む、なにか悩みがあるのね?」 「うん・・・実はね、・・・看護学校に、行こうかなって」 そしてリンはどこか恥ずかしげにはにかむと、グラスに口を付けてさらに言葉を続けた。 看護士になるのが小さい頃からの夢であること。けれど親に反対され大学進学に進路変更したこと。 だからといって後悔したことはなかった。大抵の企業が大卒の方が待遇が良いし、望みさえしなければ暮らしていけるほどの給料も保証される。それに行きたい業界が無いわけでもなかった、のだが。 面接を重ねるにつれて、お互い心から分かり合えた気がしないことに気付いてしまった。受かるためにありもしない自分を演じて、面接官から繰り出されるとんちんかんな質問に答えて。もちろんそれが入社のための一歩だと分かっていても、違和感を覚えずにはいられなかった。その頃から心の中にもやもやとしたものが生まれ、本当にこの道を進んで良いのかと自分を疑い始めてしまったのだ。 「そうやってもやもやするぐらいなら、一度描いた夢に挑戦するほうが全然良いなって」 「リンちゃん・・・」 「ふふ、だからね、実はもうパンフ揃えちゃったんだ」 就職活動には欠かせない、黒のカバンからごそごそとファイルを取り出す。 ここにいはこんな設備があって、でもこちらには有名な講師の先生がいて、だけど学費も重要よね、少しでもアルバイトしてお金を溜めなきゃ―…。 看護学校の話に切り替わると、途端リンは楽しそうに語り始めるものだから、もつられて笑顔になる。 「リンちゃんはきっと素敵な看護士さんになるよ」 「やだ、まだなれるかわかんないって」 「私知ってるの」 「え?」 「リンちゃんはね、人一倍鋭い観察力があって、だからちょっとした変化にも直ぐに気付くことができて。それってすごーく素敵なことだもの」 「ちょっと、急に恥ずかしいってば」 「誰とでも真摯に向き合うって言うのかな、分け隔てない愛情を持ってるし、優しいし、見てると癒されるし」 さらにが「私が男だったら絶対リンちゃんお嫁さんにしたい」と付け足すと、リンは笑っておだてすぎだと返事をする。 しかし悩みごとなどどこかに吹き飛んでしまったかのように、彼女の心は今穏やかだった。 「でも、私も男だったらをお嫁さんにしたいな」 「へへへ、相思相愛かな〜」 「よーし、デザートも食べちゃおうかな、あのね、このショートケーキが気になってて」 「ん〜美味しそう!食べよう食べよう」 丁度通りかかった店員を引き止め、がメニューを持ち上げ注文を始める。 そんな彼女の横顔を、リンはじっと瞳に焼き付けた。 (分け隔て無い愛情とか、優しいとか、違うよ、違うの、だって私) (あなたのことは大好きだし、大切な友達だけど) (何度も、嫉妬、したんだよ) (2015.7.24) (2016.3.20修正) CLOSE |