カカシを送った帰り道、自来也先生と出くわした。
先生は閑静な住宅街に下駄の音を響かせており、私に気が付くなり明るい顔で近寄ってくると、さっきは色々すまなかったとどんちゃん騒ぎに対する詫びを口にした。とんでもないと、とても楽しかったと伝えれば先生はまた笑顔で私が帰る方向に向きを変えて歩き出したのだった。
帰るのか聞いてみれば、どうやら今日はミナト先生の家に泊まるらしい。遅い時分であるのに違いはないためそれが良いだろうと私も思った。

カランコロンと下駄の鳴る音に、夜空に浮かぶ上弦の月に。

なんとなく風情があるようなないような気がして、でもそれを強めたのはきっと隣を歩く先生の雰囲気のせいかもしれなかった。小説を書いているのだからおそらく世の中のありとあらゆることに敏感なんだろう。先生なら今のこの雰囲気をどう言葉で表現するのだろうか。
そんなとりとめのないことを考えていると、話題は私とミナト先生たちに転じていた。
元々は近所付き合い程度だったこと、それがいつのころからか面倒を見てくれるようになって、今ではすっかり家族のように仲が良いこと。それから大学での先生のこと。
話せば話すほど、鼻と目の奥が熱くなって、思わず涙が一つ零れてしまった。

どうかこれからも二人には素敵な夫婦でいてほしいと思う。思うのに。何故だろう、涙が出てしまうのだ。どうして私は先生を好きになってしまったの、と。あの優しい手に触れられると、心が溶けていく。触れられたところがじんわりと熱くなって、体が喜びを覚える。癒しを与えてくれる。少しでも傍にいたくて、少しでも長く一緒にいたくて。それがどんなに無意味なことかわかってるのにやめられない。クシナさんのことがとてもとても好きなのに、大学にいる先生、そう、彼女が知らない先生を目にしていると嬉しくなってしまう。そういう醜い心を持っている自分にも嫌気が差す。だけど先生を求めずにはいられない。馬鹿だなって嘲られてもきっとこの気持ちに嘘はつけないのだ。

ミナト先生が好き。

すき、すき、すき。

自分の想いに耽るのに夢中で私は気が付かなかった。
隣を歩く自来也先生の、私を見つめる憂いを含んだ瞳に。きっと彼は気付いてしまったのかもしれない。


たった一粒の涙で。
小説家ってなんて憎たらしいのだろう。










(2015.6.1) 
(2016.3.20修正)              CLOSE