女の噂なんてまるでなかったあのカカシ先輩が店に女性を連れてきたとくれば、それはそれはここ最近で一番ビッグな出来事だ。一大事だ。
そうか、彼女が以前話をしていた先輩の想い人なのかと思いまじまじと二人を見つめると、そんな自分の心を察したのか先輩が「違うから」と呟いた。一体何が違うんだろう。まだ彼女じゃないから「違うから」なのか、それともこの女性が先輩の想い人でないから「違うから」なのか。どちらにしても一つの傘を二人で共有できるぐらいの仲であることに違いはなかった。
あ、女性がタオルを取り出して渡してくれたのに、それを先輩ときたら、拒否している。先輩、違いますよ。そこは受け取るべきですよ。女性を立てないと。
ああほら、女性がちょっと困った顔をしてるじゃないですか。
でもなんだろう、先輩の態度は僕に対する照れ隠しには見えないし、女性の方も少しだけ先輩と距離がある気もする。傘を貸してわざわざ相手のアルバイト先に来たり、さっとタオルを出したり、そんなの嫌いな相手に出来る筈もないのだから、きっと彼女は先輩に気があるんだろう。
とても可愛らしく、気を効かせることも上手で、なにより優しそうな雰囲気が見ていて癒されるというのに。それでも先輩は彼女じゃ駄目なんでしょうか。僕に今彼女がいなかったら、僕はちょっと靡いてます。いや、彼女がいたとしても正直僕は靡いてます、なんて。

彼女が好きな先輩には、また違う好きな相手がいて。
そういえば先輩言ってたな、一年半ぐらい片思いしてるって。
ということはもしかしたら、先輩が好きな相手ってもう他の誰かと付き合ってるのではないだろうか。
だから一年半も先輩は好きでいるんじゃないだろうか。じゃなきゃいくらなんでも告白ぐらいしている。
もしくは、その相手にも好きな人がいる、とか。確かにそれもありえる。先輩は繊細だから、きっとそういう状況で告白なんてできないのかもしれない。

ああ、恋とはなんて複雑なのだろう。互いに好きになる、ただそれだけのことなのに。その構造はいたって簡単だというのに。


人の恋路なのに、目が離せない。
いや、人の恋路だからこそ、か。










(2015.5.5)  
(2016.3.20修正)             CLOSE