三限目。誰もが睡魔に襲われる昼休みのあと。
にもかかわらずその誘惑に打ち勝ち、しっかりと両の目を開く学生が一人。木の葉大学三年生、だ。しかし彼女は決して講義に集中しているのではない。なにせ彼女の全てを動かしていたのは、黒板の前で教鞭を取る人物だったのだから。
彼女の視線の先にいる男―波風ミナトは、この大学に所属する文学部の准教授で、若くしてその座まで上り詰めた優秀な人物だ。その彼の織り成す所作の一つ一つが、の心を掴んで離さない。一心に視線を向けることが許されるこの素晴らしき時間に、どうして睡魔に負けたりすることができようか。

金色の髪も、青色の目も、爽やかな声も、全てがきらきらと光り輝く美しい、彼女の胸を焦がす、ただ一人の人。

最前列では自身の熱い視線―それも授業に対してではない―にきっと気付かれてしまうだろうし、妙な学生がいると周りからも不審がられる。だからなるべく後方の席に座り、ミナトを眺めるついでにノートを取る。それが彼女の毎時間の常となっていた。
そんな彼女の横に座っていたのは同じ学科の友人、はたけカカシだ。彼も周りと同じく眠そうな顔(彼の場合日頃からそう言われることもしばしばだが)で講義を聞いてはいるものの、時折物憂げな視線を浮かべているのが見て取れる。そう、隣で熱心にノートを取る友人の横顔に、そして、その手元に。

「ん、そろそろ時間だね。それじゃあ次週はこの続きからにしよう」

言うや否や鐘が鳴る。学生たちが荷物を整えぞろぞろと出て行くのに混ざって、板書を消したミナトもまた鞄を持って歩いていく。

「・・・、行かないの?」

カカシがに声をかけるが、彼女は心此処にあらずといった風で全くカカシの言葉など聞いていない。

(おーい)

彼女が口を開いたのは、去り行く金髪のもみあげが、ふわりと揺れるところまでしっかり見届けたあとのことだった。「ごめんごめん」と、平生を装って。その適当さにカカシは心の中でため息をついた。そして教室を出ようと準備を始めた友人を、眠たげな眼差しで、けれどどこか射るような視線で見つめている。

(他の講義じゃ人並みぐらいにしか頑張らないくせに)

ただ波風ミナトを見ていたいがための、ぎっしりと書き込まれたのノート。

(不毛すぎるだろ)

健気なのか、はたまた痛々しいのか。

「次もカカシ一緒だっけ?」
「うん、でもその前に自販機寄っていい?」
「あ、私もお茶買う」
「ん、いこいこ」


(・・・俺も、お前も、不毛すぎる)








(2015.3.26)
(2016.3.20修正)               CLOSE