パチパチと燃えるそれはキッチンの火ではなくて。
その上で調理されたものは愛しい人の手料理ではなくて。
踏みしめたそこはフローリングの冷たさではなくて。
横になったところはふわりとした布団ではなくて。

「もう寝ちまったかな」

渇望するのはいつだって、自分に向けられるあの柔らかな笑み。
瞼を閉じればそこに彼女は居るのに、伸ばしても伸ばしても届かない。
夜の静寂は一見時の流れをゆっくりにし、全ての荒々しさを抑制しているかのように見えるが、彼女が居なければそれはまやかしに過ぎないのだ。
自然が平和で静まっていればいるほど、こちらの心は苦しいぐらいによじれていく。

「それとも任務かな」


会いたい気持ちが強すぎて、きっと今夜も夢など見ないのだろう。
憎らしいほどの満月の元、月明かりが仮眠を取る部下の輪郭をはっきりとさせている。
そうなのだ。もう誰かの指示を仰いで、言われたように動く身ではないのだ。
自身の感情のままに動くなどという身勝手は許されない、任務の遂行の為の、仲間を守る為の最善策を作り出すブレインなのである。

「あと一週間か」


家を出たあの日は何の話をしただろうか。食事のことか、休日のことか、それとも他のことか。
手を繋いで、肌に触れて、唇を寄せて、恍惚の揺蕩いへ。
互いの温かさに身を投じ合って、夜空を星が瞬くぐらいに二人の世界を味わって。
きっとどんな恋人達にもありふれた、そんな他愛の無い一日に違いないはずのあの日が遠い昔のことのようだ。

「なげーなぁ」


ため息が静黙に消えていく。
夜が明ければもっと先に進まねばならない。里から離れる距離が互いの距離を更に色濃くする。
しかし前に進むこと即ち任務の終わりに近づくことなれば、離れれば離れるほど彼女とは近づいているのだ。
それが糧となり闇の作り出す感傷の波にいくらか翳りを見させる。

「会いたいってばよ」


消えゆく小夜鳴鳥の囀りに最後のセンチメンタルを乗せて。
しばらくは夜に騙されることもないだろう。不穏な騒音など蹴落とし加速する世界の中へ。
道標は全てを色鮮やかにする彼女だ。
息を切らして踵減らして瞼の奥の愛し君へ。

「待ってろよ、ねーちゃん」



















(2014.7.12)               CLOSE