人間は簡単に死んでしまうものなんだろうな。何をどこまでしたらそうなってしまうのか。それを解かっているにもかかわらず、若者のように無鉄砲に前に進めなくなったのはいつからだったろう。近しい人の死か、それとも部下を持つようになったからか。二十代半ばの自身を年寄りだとは思わないものの、十代のようなどこまでも飛んでいける身軽さを懐かしむぐらいにはなった。まだまだ最前線で戦う身ではありながら、様々な雑念が浮かぶぐらいには大人なのだ。

「・・・ちょっと無理しすぎたかな」

とはいえど。なにやら最近無茶ばかりしている気がする。塞いでもらったとはいえ、脇腹にできた傷がまだキリキリと痛む。正直反省している。与えられた任務が上手く行ったから結果オーライとはいえ少々怪我が多すぎた。暗部でのスリーマンセルの任務で、普段はいない医療忍者がたまたまいたのが今回は幸いだった。密書の奪還故に小さい傷には構う暇が無かったので、塞いでもらった箇所以外は放置したままだ。正直、こういう擦過傷程度のものが一番痛覚を刺激する気もする。
早く帰って身体を労ろう。何も無ければ明日は休日だ。ひたすら何もしないで家でゆっくり過ごしたい。そんな贅沢な休みを糧に、私は重たい身体に鞭を打ったのだった。






ラマチックレコード







「・・・」

リビングのドアを開けたらむすっとした顔をして目の前に立っているナルトが居たものだから、そのままドアを閉めて風呂場へ直行すべきか否か一瞬本気で考えてしまった。
この子、また私の部屋に勝手に上がりこんで。いつの間に予備の鍵を盗み出したのかしら。いたずらっ子だった時の手癖は、大きくなった今ではどうやら困ったほうに働いているみたいだ。
にしても一体何故そんなにも機嫌が悪いのだろう。何かしてしまったのかと私は今日一日を振り返ってみるが、特に後ろめたいことは無かったように思える。というかそもそも今日ナルトと会うのは今が初めてだ。(今、と言っても時間は既に真夜中になろうとしてるが)
返り血で汚れた面を外すと不機嫌な青年の視線がますます強く突き刺さる。やめて。心に刺さるから。私今疲れてるから。そんな目で見ないで。

「・・・ただい、ま?」

どうしたものかとナルトの様子を窺うように首をかしげる。ねえ、なんでそんなに怒ってるの。彼の機嫌の良くない瞳に中てられた訳ではないが、なんとなくその言葉が言い出せなくて。ぴりぴりとした空気にどこか身体が緊張してしまう。

「ねーちゃん」
「は、はい」

突如発せられた声に、自分の方が年上だというのに畏まって更には肩が少々縮こまるとは。

「最近怪我しすぎだってば」

その台詞と同時にナルトが私の身体を横抱きに持ち上げたものだから、「あ」とか「え」とか言葉にならない声しか出なかった。
ずかずかと我が物顔で家の中を歩く金髪が一体どこへ行くのかと思えば、何のことはない、直ぐそこのソファだった。歩くさまとは打って変わって優しく降ろされる。しかし主導権を握っているのは俺だぞと言わんばかりに、ナルトが無言のまま私の装束のファスナーを勢いよく下げ、上手い具合に肩から抜き出して放り投げてしまった。乾いているとは言え血の染みたベストだ。家主からしたらその行為はちょっと快くは思えない。横目で無惨な形のそれを見遣るが、ナルトの無骨な手に顎を掬われ無理やり視線を戻されてしまう。

「ちょっと、ナルト」

じっと、それはそれは心の奥まで覗かれているかのように。
瞬きすること無くひたすら見つめてくるナルトとは正反対に、私の方は気詰まりになり目をしばたたかせる回数が自然と多くなる。照れくささから目を逸らしたいのに、魔法のようにおそろしく魅力的な青の瞳がそれを許さない。そしてそのままナルトの顔が近づいてくる。睫毛の一本一本が手に取るように解かるぐらいに近く、鼻息が感じられるぐらい間近に。ああ、キスされる。そっと目を閉じれば、唇に確かに伝わる温もりが。

「・・・また血の匂いさせて帰ってきやがって」

こつん、と額と額がぶつかり合う。近すぎる距離に心臓が高鳴るも、まるでムードがそぐわない。

「先週だって、その前だって。リィねーちゃん怪我しすぎ」
「そんなこと言われても、怪我しちゃったんだもん」

ごめんね、と素直に謝ることができない私と、任務において無傷で帰ってこれる保証がどこにも無いと知っているくせにそんなことを言うナルトと。
お互いまるで子供だ。
頬を撫でていた彼の手はいつの間にかアンダーにかかっていて、えい、と容赦なく上げられ腹部がむき出しになり少し肌寒い。

「ここ」
「あ、こら」

脇腹にできた一番深い傷(といっても既に医療忍術によって塞がってはいるが)をなぞられたかと思えば、その近くにある掠り傷もなぞられる。

「ここも」

くすぐったさを孕みつつも、同時に痛覚も刺激され思わず眉根が寄ってしまう。

「こっちも」
「ナル、ト」

二の腕の布地の裂けた部分からするりと指が這いこみ、同様になぞられ、そして最後にハイネックになっているアンダーの襟が下げられた。ここにも指がやってくるのだと思っていたばかりに、近づいてくる頭が一体何を意図しているのか読み取ることができない。ただ視線を追うことしかできなかった。

「あっ」

そして当たったのだ。指ではない何かが。
それが何かを理解するのに時間はかからなかった。なにしろそういう感覚を与えるものは一つしかないのだから。そう、皮膚に触れたのは皮の厚い指先ではなく、ぬめりと唾液をまとった舌先だった。クナイによって首に斜めにできた傷口を端から端へゆっくりと。浅いとはいえ今日できたばかりの傷口に、それがいやというほど押し付けられ思わず頭が仰け反ってしまう。一体どうしたのだろう、今日のナルトはいくぶん嗜虐的だ。

「・・・っ」

嬲るように舌先でチロチロと舐められ続けて痛覚が次第に麻痺してくる。時折唇で吸われ、その時に出る音がまるで卑猥なことをしているかのようで気恥ずかしい。

「や、だぁ・・・」

痛いはずなのにどこか気持ち良いだなんて変態だ。ああいやだ。目に涙が溜まってきた。これ以上こいつの好きにさせてたまるか、と蹴りの一つでも入れてやろうとするも、両足の上にがっちりと座られてしまってそれは適わなかった。こちらが動こうと試みたことからギブアップの意思は伝わっているはずだというのに、一向にナルトからは行為をやめる気配が見られない。だから痺れを切らした私は天を向く金色の髪の毛を強く引っ張ってやったのだった。

「いってぇ」
「ばか」

引っ張られた箇所を彼は自身の手でさすりながら漸く顔を上げたのだが、そこには先程の怒りの表情はもうどこにもなかった。傷口を舐めて満足でもしたんだろうか。だったら本当に危ない性癖だぞ、少年君。

「ねーちゃんてマゾだよな、そんなとろんとした顔しちゃってさ。気持ち良かった?」

嬉しそうな顔をした青年が憎たらしい。事実気持ち良いと感じてしまった自分が確かにいた訳で、穴があったら今すぐ入りたい。

「・・・いきなりなんなのよ」
「あれ?否定しねーの?」

(そーいう顔がむかつく!)

もうすっかり大人だというのに、してやったりな顔がいつかのあどけなさを想起させるから厄介なのだ。そうやって笑われたら、結局許してしまいたくなるのだから。甘い。甘すぎる。甘すぎるってばよ私。

「そんな顔されたって怖くないってばよ」
「もう、やだ、どいて」

とにかく私は早くお風呂に入って寝てしまいたいんだ。へとへとなんだから。じたばたとナルトから逃れるために足掻いてみるが、所詮は無駄な努力といったところで体重をかけてしっかりと上に座っている大きな男からは逃げられず。まったく。次はなんだ、なんなんだ。どうすればこの子の要求を満たしてあげれるっていうんだ。
怪我をしていることに対して快く思っていないのは十分理解できるが、だからといってどうしろというのだろう。怪我をしないように注意することはできても、それが上手く実らないことだってある。いや、むしろそっちの方が多い。暗部とはそういう血生臭いところだ。
第一、ナルトだってよく怪我して帰ってくるじゃないか。自分は良くて、私は駄目なの?私が休みでナルトが任務の時、人の心配を他所に無茶ばかりしてるくせに。心臓がいくつあっても足りないのはこっちの方なのに。自分勝手すぎる。

「ねえ、どうしてほしいの」
「怪我、してほしくない」
「私だって怪我したくてしてるわけじゃない」
「だからそれが嫌なんだってばよ」
「でも、ナルトだって解かるでしょ、そんなの無理だって」
「もうさ、暗部やめたら?」

言っては不味い一言だと悟ったのか、ナルトは、はっとし口を噤むと私から目を逸らしてしまった。どうやら彼の悩みは意外と深かったらしい。伏し目がちな瞳には明らかに同様が見え隠れしている。
正直私は驚いたのだった。真っ直ぐな青年からよもやそんな言葉が吐かれようとは。

「・・・ごめん」

ナルトがぽつりと呟いた。
しばしの沈黙が何を解決したのだろう。私には解からなかったが、ナルトは力なくこちらの方に倒れ、まるで顔をうずめるように頬を胸に摺り寄せてきた。う、かわいい、と真面目に悩む相手を前に不埒にそんなことを思った私を許して欲しい。
子供が甘えるような仕草から、この時初めてこの青年の内に本当に隠されているのが怒りより不安が強いということに気がついた。

「・・・ねーちゃん、俺」

彼のツンツンとした毛先が衣服の繊維を通り抜けて肌にちくりと突き刺さる。

「火影になるって夢は変わらねーんだ」
「う、ん?」

言わんとしていることがよく掴めなかったが、とりあえず話を最後まで聞くより他はなかった。

「けど、傷ついて欲しくないんだってばよ。ねーちゃんだけじゃなくて、同期の皆とか、カカシ先生とか。だからってそれ以外の奴ならいいとかそう言うことじゃなくて、誰にも、誰にも傷ついて欲しくないんだ」
「・・・ナルト」
「でも特にねーちゃんのそういう姿は、つらいんだってば、傍で守ってやりてーのに、同じ任務になんて滅多にならねーし、だから余計に考えちまうんだ、待つ身ってすげえ辛いなって」

捲れ上がった私のアンダーをナルトがぎゅっと握り締める。

ねーちゃんの心臓の音聴くと、安心する」

ナルトの頭にそっと手を乗せ、ゆっくりと撫でてやれば彼は気持ち良さそうに目を閉じ、されるがままにその行為を受け入れた。
心の優しい青年は、将来きっと良い火影になるのだろうなと私は目を細める。
これまでは何もかもが受け手だった。忍の世界のあれこれを教わることも、任務を与えられることも。けれど火影ともなればそうもいかない。しかもそれは任務を誰に行かせるか、などという細かい部分に限らず、政治的な面でも、だ。適材適所を選び、私情に捉われることなく人材を配置しないといけない。私的な感情に飲み込まれることなく客観的に外交を進めなくてはならない。様々なことを一手に引き受ける火影という役職には、その一つ一つに筋を通さねばならない。中心を担う軸がぶれるなどあってはならないことなのだ。
火影になりたいと夢見て日々前に進んできた姿を、現火影である綱手さまも近くで目にしている。だからこそ、そろそろナルトにも暗部入りの話がやってくるのだろう。表以上に血生臭い光景を目にするのはそう遠くないはずだ。その世界がナルトの眼にどう映るかは解からない。染まりはしなくとも、時にやってくるどうすることもできない理不尽さに頭を悩ませる姿が容易に頭に浮かぶ。そうやって皆生きてきた。綺麗事だけではどうしても生きていけない部分がこの世にはある。誰かがやらねばならない闇がそこにはある。でもきっとナルトなら。いつか変えてしまうんだろうなと思えてくるから不思議だ。

「よしよし」
「・・・ねーちゃん?」
「他里との争いは、少なくとも昔みたいな感じではなくなるんじゃないかな」

里を作る為の争いに、互いの尊厳を守る為の争い。騙し合いいがみ合ったこれまでのような争いの形は将来変わることだろう。もちろん里同士の探り合いは無くならないだろうし、人間を支配しようと目論む者達もまた無くならないだろう。その意味で戦いが無くなることはないだろうが、内容は明らかに異なる筈だ。

「それを変えたのはナルトじゃない」
「え、どういうこと?」

ひょい、とナルトがこちらに顔を上げた。

「そうね、簡単に言ったら、前よりは他の里の人達との交流も増えたし、仲良くなったでしょ?ってこと。そのきっかけを作ってくれたのはナルトだと私は思ってるよ」
「うーん、うー・・・ん?」
「それに待っててくれる人がいるから強くもなれるのよ」

そう。送り出す側の想いは届いていないわけじゃない。むしろその想いが身も心も強くしてくれるのだ。

「心配ならどんな時でも誰の傍にでもナルトが付いてきてくれるの?そんなのただの自己満足じゃない、そういうことじゃないでしょ?」
「・・・そうだけど、でも」
「火影は里の皆が作るもので、その火影の座に立つ人は皆の居場所になる人だと思うな」
「居場所?」
「私はナルトが火影になるって信じてる。だからナルトも少し大人にならないと。里の皆を愛して、その皆がぶつかってきても倒れない大きな柱にならないとね」

信じることは難しい。覚悟もいる。想い続けるからといって誰も死なないなんて保証は無い。だから余計に納得いかないことも沢山ある。
誰もがハッピーエンドを夢見ても、その誰もがハッピーエンドになれるわけではない。現実とはそういう世界だ。けれども誰かを信じる、誰かを想う、誰かを愛する。その心が無ければ何事も始まりはしないのだ。
待つ身は辛いとよく言ったもので本当にそうだと思う。これだという解決方法があるのなら今すぐにでも欲しいところだが、それはきっと一生見つかりはしないだろう。だから大人にならなければという言葉で濁すほかは無いけれど。それでも大事だからこそ信じてほしいのだ。大切な仲間を。
それが上手く伝わっていると良いな、なんて思いながら。

「ああ、そっか」

そうして私は気が付いた。きっとそういうことなんだ。

「私、ナルトに会いたいって思ったんだ」
「え?」
「だからちょっと、無理しちゃうのかな」

無鉄砲に前に進めなくなる理由は、近しい人の死とか、部下を持つようになったとか、それだけじゃないんだ。待っててくれる人がいるから。そういう理由も、あるのだと。死なないよ、なんて約束はできない。でも貴方が信じて待っててくれるなら、私はどこまでだってその想いを糧に生きようとするんだわ。無鉄砲にはならないけど無茶するようになりました、っていうのも変な話だけど。そういうことよ。きっとそういうことなのよ。

「あーー!やっぱり俺ねーちゃんいないと無理!」

すっかりと目の輝きを取り戻したナルトが私の腕を掴んで勢いよく身を起こさせると、その勢いのままに彼が後ろに倒れこむ。おいおい、今度はどうしたっていうの。背凭れのせいで至近距離は保たれたままだが、普段この距離感でナルトを見下ろす機会が少ないために中々新鮮な視界だ。かわいいなあ。私の想い人は。

「私まだナルトにおかえりって言われてないよ?」

ふふ、と首をかしげて笑って見せる。それがナルトの琴線に触れてしまったとも知らずに。明らかにぎらついた目つきで、ナルトの手がもぞりと腰の辺りを探っているのが分かった。かと思えば今度は胸上まで思い切りアンダーを捲り上げられ、先程よりも多くの部分が露になるではないか。

「や、なに」

脇腹の例の傷を一撫でされ、腹部の皮膚をすべり指先がじわじわと胸に這い上がってくる。ゆっくりとした流れがとてもくすぐったく、背筋に寒気がぞくりと上がって力が抜けそうだ。下着すらもずらされ非常に滑稽な姿だと思う。恥ずかしくて顔を逸らそうとするも、谷間にナルトの鼻先があるものだからそうもいかない。

「汗の匂いする」

スン、とナルトの鼻が揺れた。

「やだ、ちょっと!恥ずかしいから、こら!」
「なんで?すっげー興奮する」

風呂に入りたくとも家に帰ってきてからナルトにこうされてしまったのだから、私にはどうすることもできなかったとは言え、汗の匂いなんて。
嗅がれて嬉しいはずがない。恥ずかしくて死にそうだ。やめてほしい。体だって任務後で綺麗なわけないのに。そういう心の中の考えが伝わる筈も無く、ナルトは私をぎゅっと抱きしめてまた思い切り息を吸い込んでいた。変態、変態、この変態!

「おかえり、ねーちゃん」

リップ音と共に唇にキスされ、それが開始の合図と言わんばかりに首筋を舐められ鎖骨を食まれ。性的な意図を持って乳首がナルトの口内に飲まれていく。唾液を纏った舌で刺激されれば、何度彼に開かれたであろうこの体は直ぐに反応を示すのだから憎らしい。

「お、お風呂入りたい・・・」
「いいじゃん、このまましようってば」
「やだやだやだ」
「無理!だって俺勃っちゃったし」
「ぎゃ」

手首を掴まれてそこに宛がわれれば、服の下からしっかりと主張するそれがあって。
私の手が触れたからなのか、熱を孕んだナルトの息子がむくりと更に反応した。

「な?」
「な?じゃないわよ、な、じゃ」
「あーもう!うるさいってばよ」

口付けと共にまた視界が反転して。ニシシ、と見下ろすナルトから私は逃れられない。いやだ。かわいいと思ってしまう。お風呂に入りたいのにこのまま絆されていいやと思ってしまう。私がいないと無理、なんて可愛いことを言ってくれる。そっくりそのままお返ししたらきっと喜ぶから絶対に言わない。死んでも言わない。







(2014.7.5)
(2017.5.19)         CLOSE