「はあ」

物憂げという言葉が似合わぬいつも元気な金髪の少年が、とある通りのベンチで柄にも無くため息を吐いたいた。

「ねーちゃん、ジュースおごって」
「落ち込んでる子は自分からそんながめついこと言わないんだけど」

そんな冷たいことを言いつつも、担当してる子供たちは可愛いものである。どうするべきかとは悩み、現在座っているベンチから一番近い自販機を一瞥した。だが飴を与えるのは話を終わらせてからでも問題ないだろうと、むしろその方が効果的かもしれないと、ナルトに変な期待をさせないように、奢れとせがむ態度にそれ以上は触れないようにしながら、彼女は何の気無しに空を仰ぎ見る。

「でも珍しいね、ナルトがそんなに落ち込んじゃうなんて」

同じようにナルトも天を見上げ(まったくこの少年に似合わぬ所作だ、と彼女が思ったことは秘密だ)、風に流れる雲を右から左へと視線で追った。

「カカシ先生には駄目出しされるし、サスケのヤツには組み手で負けるし、サクラちゃんには三回もデート振られるしさぁ〜」

(・・・割といつものことのような)

うーん、とは眉間に皺を寄せた。個人的に入っていた任務を終わらせ報告へ向かう途中に、肩を落として歩くナルトの姿が見えたものだから声をかけずには居られなかったのだが、ちぇ、と口を尖らせるナルトの悩みはとりとめて普段と変わってはいないように見えなくもない。ただいつもより少し鬱憤が溜まっているのは認められた。
言葉のところどころに棘が見受けられるし、それになによりこのポジティブな少年は平生落ち込むよりも早く、自然と解決方法を見つけて前に進んでいるのだから。つまり注意を促されたのなら、それを真摯に受け止め克服できるように、ライバルに負けたのなら落ち込んでいるよりも修行に励むように、想い人に振られてもめげずにまた次のチャンスを窺うように。そうやって彼は滅多に立ち止まったりはしないのだ。とはいえど。止まりたくなることも生きていれば沢山あるだろう。

「自信がどこかにおでかけしちゃったのね」

完全に腑抜けているナルトには微笑んでみせたのだが、その顔を青い瞳に横目でじろりと射抜かれた。まるで悪いことが続く自分を逆撫ででもしているのか、と言わんばかりの視線でもって。

「ねーちゃんのバカ」
「ごめんごめん、慰めになるか解からないけど良いこと教えてあげる」
「えー?イイコトォ?」

ナルトは不貞腐れ気味の声音で返事する。なんつー顔してんだ、という感想を心にしまいながら彼女は口を開いた。

「カカシ、ナルトのこと凄いって褒めてたよ」

その一言はどうやら効果覿面だったようで、つい今しがたまでの訝しむような視線は消え去り、嘘みたいに瞳をきらきらと輝かせていた。見ていて飽きない顔だとは思った。くるくると表情が変わるさまは少年の母親を思い起こさせる。

「カカシ先生なんて?なんて!?」

ぐっとナルトがとの距離を詰める。無邪気な瞳は真っ直ぐに彼女だけを見つめていた。

「雑だけど、吸収力は班で一番だって」

はナルトの飛びつかん勢いに圧倒され、少々背が引き気味にながらも言葉を続ける。

「ナルトからしたら実感は無いかもしれないけど、でもあなたの先生が言うんだから間違いはないでしょ?」

そう、それは本人ですら気が付かない小さな一歩なのかもしれない。けれど日々一歩、また一歩と確実に進んでいるのだ。時に子供は愛情が目に見えないと途端不安になるもので、既に両親がいないナルトにとってはそれは特にそうだ。しっかりと教え子の成長を見守っているとは言え、カカシは感情一杯に愛を振りまく男ではない。だがあれでいて、それなりに熱い男なのだと知るにはナルトにはまだ付き合いが浅いのだろう。心の内の読めぬ相手に余計不安を感じてしまったのかもしれない。

「大丈夫、ちゃんと見てるから」
「・・・」
「ナルトならできるって思ってるからカカシも色んなこと言うのよ」
「・・・へへへ、ま、俺ってば火影になる男だしィ?」

人差し指で鼻の下を摩りながらナルトは照れ臭そうに答えた。どうやら普段の元気が少しは出てきたようだ。

「頑張って修行したらサスケにも勝てて、ナルトかっこいい、なんてサクラともデートできるかもしれないじゃない」
「あのさ、俺さ、俺さ、頑張っちゃお!あ、ねーちゃんともデートしてやるってばよ!」
「ばーか何言ってんだか」

得意げに笑う少年の顔に最早曇りは何処にも無い。その姿に安心すると、はベンチから立ち上がり思い切り背伸びをした。ついでに首も左右に倒し軽く音を鳴らす。そしてくるりと後ろに振り向き、目下に座るナルトの頭を優しく撫でたのだった。

「元気、出たかな?」

線の細い手。髪の毛から、そして地肌を伝い確かな温もりが感じられたと同時にナルトは彼女の掌に一瞬だけ違和感を覚える。

(あれ、なんだってばよこの感じ)

どこかでこれと似たような温もりを感じたような。感じていないような。
けれどもその違和感の正体が何であるかを思い出せず、振ってきたの声にはっと我に戻る。

「さ、行きましょ」
「へ?」

我ながら素っ頓狂な声だとナルトは思った。まるで旋毛の先から出たような間抜けで調子の外れた声だった。

「行くって・・・どこに?」
「ジュース欲しくないの?」

ふふ、と不敵には笑った。おそらく今日一番であろう笑顔を顔に浮かべ、ナルトがベンチから跳ね降りた。その衝撃から立った幾ばくかの砂煙が、静まる前に風に流されていく。

ねーちゃんサイコー!!」
「はいはい」

今に鼻歌でも歌いだしそうなナルトを連れ立ち、一番近くの自販機へ向かい出す。歩を進める毎にジャリジャリと地面が音を立てては、靴の裏を黄土色に染めていった。そう大した距離でも無いため直ぐに着いてしまったのだが、どうやら長かったのはここからだったようで、ナルトは自販機の前でどの飲み物にするべきかと、あれやこれや考え始めたのだった。
折角奢って貰うのだから、一番高い物にするべきか、それとも一番量が多い物にするべきか、はたまた一番好きな物にするべきか。楽しい悩みにあれやこれやと思考を巡らせている間に、最初から目当てが決まっていたは既に購入し終えてしまう。腕を組んで決め兼ねている少年を待ちながら、一体何をそんなに悩むことがあるだろうか思った。いっそのことラーメンジュースがあればそれで良いのにと痺れを切らし始めた頃に、ナルトが大声で「コレ!」と指を差す。

「はい、どーぞ」
「サンキューねーちゃん」

結局ナルトが選んだのはおしるこだった。真冬ならまだしも今は春だ。暑苦しくてしょうがない季節ではないが、何故今あえておしるこなのだろう。というよりもこんなにも長い間、おしること何を量りにかけていたのだろうか。オレンジジュースとか、コーラとか、もっと子供の好きそうな飲物は沢山あるはずなのに。缶のタブが開く独特の音と共にナルトが口を付けると、大層ご満悦のようで顔の筋肉が緩んでいた。

「ニシシ、やっぱ好きなもんが正解だってばよ」
「缶のおしることか、小豆が底に残りそう」
「それを必死に取るのがまた良いんだってばよ」
「・・・おしるこそんなに好きなの?」
「好きどこじゃねーってば」

ああ、これはラーメン並みに好きそうだ。ナルトの新たな面を知り、苦笑いしつつもも自身の飲物を口にする。彼女が飲んでいたのは冷たいミルクティーで、任務帰りの少々疲れた身体に優しい甘みがじんわりと染み渡るようだった。

「ねーちゃんは?何飲んでんの?」
「ミルクティー。飲む?」
「ん〜おしるこの後じゃあんまり甘く・・・ねー・・・」

受け取ったミルクティーを飲むとナルトは何やら唇を噛み締めて言葉で表しようの無い微妙な顔をした。おしるこに比べれば変わった飲物でもないのだが、何か気に入らないことでもあったのだろうか。は首をかしげた。

「・・・・・・ッ!」

缶を持つナルトの手が小刻みに震え始める。
その様子に、ますますどうしたのだろうと次第にその気持ちが心配に変わり、思わず顔を覗き込むと、微かに耳が赤いだろうか、彼女の視界には缶の飲み口を一心に見つめる少年の顔が。目が据わっている気がしなくもない。

「・・・ナルト?」
「うおおおおおおおおおお!」

が名前を呼んだのと、ナルトが叫んだのはほぼ同時だったように思える。よもや叫ぶなどとは思っていなかったため、彼女はびくりと肩を震わせた。

「ナ、ナルト?」
「・・・」

雄たけびをあげたと思ったら、またも黙ってしまう全く先の読めぬ相手に、当然彼女は困惑の色を隠すことはできず、どうしたものかと眉根が下がる。既に自身が飲んでいたのだから、毒類が入っているわけでもない。甘すぎたのだろうか。いやちがう。おしるこより甘くないはずだし、それにそもそもおしるこを飲んでいたのだからたいした甘みも感じていない。実はミルクティーが苦手だったのだろうか。いや嫌いなら最初から口にしたりもしないだろうに。ならばなぜ。理由が全くわからない。
そしていくらかの沈黙の後にナルトは、まるで油を差し忘れたブリキの人形のように固くゆっくりと首を彼女の方に上げる。どこと無く照れを含んだ、思春期真っ只中の瞳とかち合った。

「これ、これってば、これってば」
「な、なに?」
ねーちゃんと!カンセツチューじゃね?カンセツチュー!!!」

(・・・もお、ばかねえ)

急に馬鹿らしくなったがクスクスと笑う目の前で、金髪の少年はしばしの間騒いでいたのだった。





ケセラセライフ







(2014.6.3) 
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