うずまきナルトが国境警備の応援に駆けつけると、そこには交代を予定していた忍ともう一人の忍がいた。
そのもう一人、それはのことで、この場の光景だけ見ればなんという偶然かと思われたものだが、しかしそんなドラマチックな展開があるはずもなく、今回ナルトが急遽応援依頼を引き受けた理由こそが彼女だった。

「ありがとな、が起きるまであと一刻は一人で頑張れよ」
「おう、任せろってばよ」










今夜は繊月だった。夜風は冷えてもいなく、暖かくもなく、温くもなく。そんな夜風も時たま肌を撫でるように流れるのみで、視界は良好、至って静黙で平和だ。
それだけをしっかりと確認すると、ナルトは隣で簡易毛布に包まる、仮眠中のに視線を落とした。彼女の目にかかる前髪を指先でそっと退ければ、慎ましやかな色気とでもいうのだろうか、露になった素顔に胸が踊らずにはいられない。だからだろう、気が付いた時にはその手は彼女の頬に触れていた。しっとりと弾力を返してくる肌質は、己の厚い掌の皮とはまるで違う。爪先に少しでも力を入れれば、すぐにでも傷を付けることができそうなぐらいに柔らかい肌は、ところどころに髭の生え始めた男のそれとも違っていた。
ちくり、そしてまたちくりとナルトの胸を棘が刺す。彼の宵闇を吸い込んだ青い瞳には、最早以外、映ってはいないのだった。

「なあ、いつになったら俺のこと、見てくれんの」

静寂に、誰に届くでもない独り言が飲み込まれていく。
若き青年にとって彼女は魅力的な果実以外の何ものでもない。初な振る舞いをする同年代の異性に興奮する以上に、盛りの付いた十代の旺盛な性欲のベクトルは彼女へと向けられていた。もちろん押さえきれない性欲がそうさせていたのではなく、という人間だからこそ、それが向けられていたのだということは言を俟たない。

「我慢、できないってばよ」

金を払えば相手をしてくれる遊郭とは全く訳が違う。一つの過ちで男女の関係はいとも容易く崩れてしまうのだから。それが解からないほどナルトはもう子供ではなかった。今の関係を壊す勇気が無いならば、少しでも長く近くにいることができる方を選択しなければならないことも青年には分かっていた。
とはいえど。そのことを頭では解かっていても、気持ちを理性的に制御できるほどの成熟した大人ではないのだから厄介だ。日に日に我慢が限界を超えようとしているのを嫌というほど感じ、行き場の無い熱情だけが心の中で消化できずに彷徨うしかない。
最初はこんな筈では無かった。ひとりぼっちだったからこそ、青年は自分を一人の人間として好きでいてくれるだけで十分だったのだ。それだけで足りなくなってしまうのが恐ろしかった。人間の持つ欲深さには果てがないのだと、その時初めて彼は思い知った。
もっと近くに居たい。自分に笑顔を向けてくれる彼女のことをもっと知りたい。そして、触れたい。考えれば考えるほど熱情が大きさを増し、その熱が増えれば増えるほど、心は苦しくなっていった。

ねーちゃん、俺」

しかしそんな若者の期待を裏切るように彼女自身は自らを大人とは考えていなかった。そういう類の経験から言えば、なるほど彼女は全うな恋愛から不純なそれまで若者よりも達者である。もしそれを若気の至りとでも言うのならばそうなのだろう。一通りのことを身をもって経験はしてきたものの、果たしてそれらも含め大人としての在るべき姿に繋がるのかと問われれば、素直に首を縦に下ろすことはできなかった。すなわち、経験以上に中身は進歩しないものである、ということだ。
幼い頃のイメージにあった二十代は十分立派な大人だったのだが、いざその身になってみると中々あの頃のイメージのままいかないもの。ふとしたことで悩んだり、腹を立てたり、時には言い訳してみたりとまるで大きな子供だ。

(どうしたものかな)

任務において、仮眠中に深い眠りに落ちるなどあってはならないということを、ナルトは忘れてしまったのだろうか。

(丸聞こえなのよ、このおこちゃまめ)

交代要員がこの場に来る少し前から、はそれが誰であるのかをしっかりと認識していた。頬に当たる青年の無骨な手を感じていたのだから、おちおち仮眠など取っていられるわけもない。彼女は瞼を開くべきか否かをずっと考えていた。
今開いたならば当然ナルトは驚くであろうし、彼の性格からすれば、聞かれてしまったのならしょうがない、真正面から好きだと言いかねない。そうなれば返事に困ってしまうのは彼女の方で、明け方まで気まずい空気のまま仕事に就きたくはなかった。かといって目を瞑ったままでもそれはそれで困ったもので、こちらもナルトの性格を鑑みればキスの一つや二つしてくるかもしれなかった。現に彼は我慢できないと先ほど公言している。
こちらが何も気が付かない振りをしてそれで事が済むのなら、目を瞑ったままでいる方が得策ではあるが、ナルトももう立派な忍者だ。下忍に成り立てのあの頃とは違う。キスまでされてが起きないことを不審に思わないはずが無いのだ。この状況に追い込まれていたのは、気持ちが我慢できずに苦しいと嘆く彼ではなくて、彼女の方なのかもしれない。

(ナルトのことは嫌いじゃないし、好きだけど、そういう風には・・・)

火影になるのだと、ただそれだけを夢見て真っ直ぐに突き進んできた若者が、恋愛の発端に触れるか触れないかのひょんな所で悩み立ち止まっている。若いが故の。そう、言わば青春だ。間違いない。恋愛は決して悪いことではない。けれどもその相手が問題なのだとは思った。まがりなりにも上忍師補佐として相手をしてきたのだし、そしてそれ以上に彼女はナルトのことをうんと小さいときから知っている。そう、毎週末に食材を持って行っては野菜なんかいらないと言われた、アカデミーにも入っていないころの彼を。
それが彼女にとって頭を悩ます要因の一つだった。だからナルトを恋愛対象として見るには色々な障害があり、最低限のプライドだけは超えたくなかった。

(優しいおねーさん像壊しちゃった?なんてこっちからキスでもしてみようかしら)

いっそのこと小悪魔のようにでもなれれば、と、一番してはいけない想像を頭に浮かべながら。

「俺、ねーちゃんより大きくなったし、もう子供じゃないってばよ」

(うん、知ってる。知ってるよ、背だって抜かれちゃったし、身体つきだって)

「ねーちゃんのこと、しっかり守れる男だぜ?」

は瞼の裏で、自分に向けられているであろう熱の籠った青い瞳を思い描いた。

(嫌じゃないの、その熱い視線が嫌いじゃないから、困ってるの)

「だから、見てくれよ、俺のこと」

(・・・ほんと、どうしたものかな)

ねーちゃん、すき、すき、すっげーすき」

(もう、ばか)



遠くで小夜啼鳥が啼いた。夜明けは殊の外すぐ傍にあるのかもしれない。







(2014.5.4)
(2017.5.19)        CLOSE