手紙なんて、一体何年ぶりだろう。封を開ければ拙い字ながらも一生懸命書かれた文面が待っていた。

いつかの任務の途中、とある里のとある森で迷子になった少女を救ったことがあった。その子は薬草摘みに来ていたのだが、どうやら普段は入らない森の深部にいつの間にか迷い込んでしまったらしい。目を真っ赤に腫らして泣きじゃくる少女の手の平には、小さな傷が無数にあり、それはどう見ても昨日今日できたものではなかった。おそらく薬草摘みは日課なのだろう。このあたりは良質なカギカズラの産地でもあった。鎮痛剤に用いられ、木の葉の漢方屋でもよく見かけることがある。
年端もいかぬとはいえ働きに出されているのか、はたまた親族に病人でもいるのかそれは分からないが、カギカズラの棘で傷つけてしまったに違いない捲れあがった皮膚は、大人から見ても痛々しそうだった。そんなに泣いて涙が染みはしないのだろうかとまるで他人事のように思いもしたが、表情を消し去る面をずらせば少女は何事だとこちらに顔をあげたのだ。

―お姉ちゃんは優しいね。お姉ちゃんみたいに私も困ってる人を助けれる人になる。お姉ちゃん、ありがとう。

あの子の眼に私はさぞ英雄のように映ったことだろう。世の中の穢れを知らない無垢な瞳は、きらきらと朝日のような純真さで輝いていた。ああいう目は正直苦手だった。だって私は英雄でもなんでもないのだから。人を騙したり、殺したり。それは里の皆が平和に暮らすためだとか、里の繁栄のためだとか、そういった感覚が麻痺してしまうほどに。
幸せを得るのに誰かの幸せを奪う毎日だ。少女を助けた時も、すでに人を三人殺めた後だった。誰かのために怪我をしてまで毎日薬草を摘むあの美しい瞳の少女に、血塗れを水で洗っただけの手で触れたのだ。汚らわしくて、反吐がでる。
あなたは私みたいになりたいと言ったけれど、私は今日人を三人殺してね、密書を奪ってね、でもまたある日には私はとある人を殺すために善人ぶって近づくのよ。
だけどあの子はそんなことなにも知らない。知らないほうが世の中幸せなことだらけだ。


「何読んでんの?」
「手紙貰っちゃった」
「手紙?」

風呂上りのカカシがタオルで頭をごしごしと擦りながらやってくる。こんなにも優しい顔をしているこの人も、こういうことを思ったりするのかな、なんて。なにせ彼は私以上に苦労人なのだから。

「凄いよね、ぐるぐるの印に犬の面のお姉ちゃん、で木の葉に手紙が届いちゃうんだから」
「え、なにそれ」
「三代目が、私のことに違いないって」
「合ってたの?」
「ふふ、凄いよね」

凄惨な行為が続く日々の、ふとした出来事に。

「ありがとう、だって。お前なにかした?」

ひらりと伸びてきた白い指先が、手紙を奪い去る。
そんな彼の手を美しいと思った。だから結局そんなものなのだと。私たちは誰かを裁く神ではないのだ。

「なにも。おうちまで送り届けただけよ」
「子供からしたらこの世の終わりを救ったに等しいんじゃないの」
「・・・ありがとうって素敵だなあ」
「ほっこりしちゃってまー」
















(君の未来は輝いたものでありますように)








(2014.9.29) 
(2016.3.22修正)              CLOSE