八月と九月の間にはかなり大きな隔たりがあると、暗部を上がった頃から思っていた。それは自分が九月生まれだというところになにか大きな理由があるとは思うのだが、そこから先はこの年になっても一向に分かる気がしない。夏休み中の子供たちの声が真昼間から町中に響き、夏のうだるような暑さも相俟って、八月は今現在自分が送っている時間が何日であるということを比較的分かりやすく自覚させてくれる。そうしてこの月の終わりには、もう九月がやってくるのかとふと思う日があり、同時に自分の誕生日が近いということもまた思い出すのだ。しかしいざ九月に入ってしまえば―それはとりわけ第一週目なのだが―急に時間の進みがゆっくりになったような気がして、誕生日などどこか遠い未来のように感じてしまう。そんなわけで、自分が思っている以上に早く毎年その日が来てしまうといった次第なのだ。さて、この不思議な感覚をどう言葉で説明したらよいのやら。言ったところできっと誰にも理解してもらえないというのは自分でも理解しているのだが、それでも言葉にできない感覚を体が感じるというのはどこかむず痒い。









三代目はわざわざ気を使ってくれたのだろう。窓を小突く伝令鳥の嘴の音で目が覚めた。足に括り付けられた手紙を読めば急遽休みの連絡が。
そんなことをせずとも良かったのに、と。なにせはしゃぎ回る子供ではないのだから。とはいえ折角貰った貴重な休みだ。なにをしようかと考え始めたのだが、悲しきかな特になにかが浮かぶわけでもなく。なにせ恋人であるは数日前から任務で里を留守にしているし、七班の子供たちだって今日は自分以外の上忍がついている。まあ子供たちに会いにでも行ってみろ、きっと今日は俺が誕生日であることを代わりの担当上忍に伝えてられているに違いない、一人でなにやってんだとどやされるのがオチだ。
上忍待機所に行けば顔見知りはいるだろうが、それこそなにを言われるか分かったものじゃない。それに去年の誕生日、任務のために受付所に行けばどこで聞きつけたのやら自分宛の誕生日プレゼントの数々が。決して自惚れるわけではないがこういう物理的な事実がある以上、それなりに好意を抱かれる対象の内にいるというのは毎年の積み重ねでもう気が付いてしまっている。だからといって誰とも知らない者の贈り物を受け取る気は全くなかった。相手が誰かも分からない以上返事ができないというのもあるが、なによりそういうものはこちらの気持ちが伴っていない以上、やはり受け取るわけにはいかない。

「気持ち、か」

ベッドにうつ伏せになって、棚に置かれた写真立てを見上げた。まだ子供だった俺やオビトにリン。そして自分たちの頭にぽん、と優しく手を置く我らが師のミナト先生。毎日眺めてはあの頃を懐かしむ。つらいことも戒めねばならぬ気持ちもそこには沢山込められているが、自分にとってはなにより大切な思い出たち。そんな一枚に思いを馳せていたら、俺はいつだったかの先生の誕生日を思い出したのだった。
提案はリンからだった。記念日やイベント事が大好きな女子だけあって、先生の誕生日を彼女は俺やオビトよりも先に知っていた。勿論賛成だったし、プレゼントを渡すからにはやはり実用的なものを俺は選びたかった。なのにオビトときたら「パワースポットで幸運の石を買ってこようぜ!」とか「最新作の映画のチケットにしよう!」とか「夫婦茶碗もいいな!」などとくだらないことばかり言うものだから、喧嘩に発展せずにはいられなかったのだ。ああ、そうしちゃリンが仲裁に入ってたっけなあ。

「はは」

ため息交じりの笑みが、時の流れに消されてゆく。感傷的な気分になってしまうぐらいなら、いっそ任務の方が良かったか。
そんな気持ちを振り払うかのように仰向けになり天井を見上げれば。再びまどろむのにそう大した時間は掛からなかった。



*



そこは目の前がガラス張りの今までに見たこともない空間だった。視界を遮らないほどの暗いところで、具体的な距離間などは掴めないものの、とても広々としたところだということは分かった。けれどもおかしかった。といのもガラスの切れ目がどこを探しても見つからないからだ。天を見上げても終わりがない。地面といってよいかは分からないがそれでも足が付いているのだからここは地面なのだろう、ガラスは地面に隙間なく接着している。右にいくら走っても、そして左にいくら走っても。終わりはどこにもなかったし、これまた奇妙なことに息すら切れなかった。
一旦仕切りなおそうと立ち止まれば、突然視界が真っ暗になる。一体なんだと身構えると、ガラス張りの向こう側に一つの橙色の明かりが灯ったのだった。
不思議と切なくなる色で、目が離せない。

(なんだ?・・・え?あれは、俺?)

まるで映像が浮かび上がるかのように、橙の灯火の中にまだ幼い頃の自分が突然姿を現した。そうして次の瞬間にはオビトとリンが現れ、どうしたのだろう、三人は何やら話し込んでいる。リンが嬉しそうな顔をすると、オビトがなにかを喋り始めた。そして彼の口がまだ動いているのに割り込むように喋り出す俺。
―ああ、覚えがある。これは先生の誕生日の話だ。なにを渡すか話していた時のことだ。すでにここが夢の中であるということを心のどこかで自覚はしていたが、なにもこんなタイムリーにあの時のことを映さなくても。いや違うか、あんなことを思い出したからこそ、か。
すると次は視界の右側が橙色に照らされた。そちらに目をやればリンがプレゼントを選んでいる最中の場面だった。俺とオビトは喧嘩した後だったからか、お互いそっぽを向きながら歩いている。さらにその右側が明るくなった。そこでは先生の家を訪ねる場面が現れる。その右側では先生宅で皆で祝っている場面。クシナさんの腕によりをかけた料理が勢ぞろいしていて、オビトが用意したキラキラと光るテープで彩られた三角帽子をかぶった先生がいた。そんな先生は年甲斐もなく喜んでいて、俺らの頭を順々に撫でてはありがとうを繰り返していて。あ、照れくさいのを隠している自分がいる。ひねくれた性格ではあったが先生を心の底から慕っていたからこそ、あの時彼の笑顔が見れて嬉しかったのだ。そして次の灯りのところでは、ミコトさんや三代目、それにガイやアスマやシカクさんやらそれはもう沢山の人たちが先生の家に集まっていたのだった。

(次から次へと人が集まってきたんだっけ)

皆一体どこから聞き知ったのやらいつのまにか飲めや歌えの大騒ぎになって、時折「近所迷惑だってばね!」と、クシナさんの赤毛が逆立ったりなんかして。うるさいなあ、なんて思いながらもどこか憎めない空間を確かに俺は楽しんでいたのだ。
そんな世界を、気付けば握りこぶしで食い入るように魅入っていた。ガラスの向こうでめくるめく繰り広げられる懐かしき日々の数々。橙の灯りがとても温かくそれらを照らし、まるで腕に抱くかのように皆を包み込んでいる。それに比べてここにいる自分はその光景をただ見つめることしかできない。少しで良い、少しで良いから、俺も、そっちへ。
そう思った瞬間後ろからとんとんと肩を叩かれた。何事かと振り返ればそこにいたのは、優しい笑顔で俺を見つめるだった。そうだ、あの光景に彼女はいなかった。長期任務だったからだろうか、今は家にいないと先生が話していた気がする。そんな彼女の登場に緊張が緩んだのも束の間、彼女はいとも簡単にガラス板をすり抜けていった。そしてガラスの向こう側に行くとくるりとこちらを向いて、早く早くと手招きしてくる。

「カカシ、ほら早く。行きましょ?」

だから俺は手を伸ばした。伸ばしたのに。
一体どうして。彼女の元へは行けず、ただガラスにぶつかって終わりだった。何故だ。彼女はあんなにも容易く向こう側へ行ったではないか。ならば叩いて壊してみてはどうか。すぐさま握りこぶしを全力でたたきつける。するとどうしたことだろう、一筋の亀裂がまた一筋、さらに一筋と増え、叩いた振動が全体に伝わる頃にはそれは、ガラスの向こう側で灯る温かな光景と共に一瞬の内に崩れ去ってしまったのだった。
光も何もない空間だったのに、破片がキラキラと輝きながら眼前を散っていく。欠片から覗くのは人々の笑顔、笑顔、笑顔。

「・・・・・・ッ!!!!」

脱兎の如き素早さで起き上がれば、そこはただの自分の部屋だった。そう、眠りに落ちる前と全く変わりもしない見慣れた空間だった。変わったことといえば日が落ちかけてることぐらいか。

「夢見悪すぎでしょ・・・」

乱れた呼吸を整えて、足に肘をつき手で顔を覆いため息を付いた。
まったく。誕生日に夕方まで眠りこけて、嫌な夢を見て。なにをしているんだか。

「あー・・・」

のそりとベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗う。鏡を覗けば情けない姿しか映ってはおらず、本当に自分はなにをしているのかと再度ため息を付く。そして新しいタオルで顔を拭いた矢先にドアチャイムが鳴ったのだった。
誰だろうか。?まさか。彼女は明日まで帰ってこない。
しっかりしろとばかりに口布を引き上げドアを開ければ。そこにはなにやら神妙な面持ちのサクラが立っていたのだった。

「どうしたんだ?サクラ、そんな顔して」
「先生、ナルトと・・・サスケ君が・・・ッ」

わなわなと震える教え子を落ち着かせるべく頭を撫でながら、目線を同じ位置にするように屈んでやる。するとサクラは俺を見てその大きな瞳からさらに大粒の涙を流すのだった。

「お願いっ、早く来てェ!」

涙を零した彼女に手を引っ張られるまま、家の鍵を閉める間もなく連れて行かれる。一体全体なにが起こったのかと道中どうにか聞いてみれば、どうやら任務終了後に俺の代わりで七班を担当したアスマが焼肉を奢ってくれるというので店に集まったのだが、彼は報告書を出してから行くと言ったので三人は店内で彼を待っていたらしい。そしてその間にトイレに行ったサクラが席に帰ってくると、なぜだか二人が大喧嘩をしていたのだという。どういうわけか双方大層ご立腹でとてもサクラの手が付けられる状態ではなかったのだそうだ。それでどれだけ時間がかかるか分からないアスマを待つよりも、俺を連れて来た方がよいと踏んだらしい。

(まったく何があったんだあいつら)

たった一人の班の女の子が泣いているのにも気が付かないなんて困った奴らだ、と息を吐く。大体なにがきっかけでそんな大喧嘩にまで発展してしまったのか。とはいえ事を大きくしたのはおおかたナルトであろうが、サスケも挑発には滅法弱い。それは逆もまたしかりでそうなってしまえば加減を知らない二人のことだから、手が付けられなくなってしまうのも頷ける。せめて店だけは壊すなよ、と願うばかりだがサクラの話じゃそれも危ういかもしれない。こうしている間にアスマがもう店に着いていてくれることを願うばかりだが、あいつのことだ。絶対に一服している。緊急時以外てきぱきと動くような性格ではない。

(はあ)

必死に先導するサクラの後姿は、なんだかいつもより小さいように思えた。

「先生、こっち!」

ようやく二人が大喧嘩をしているという店の前に着くと、相当無理をしたのであろう彼女は大きく呼吸を繰り返していた。余程のことだったのだろう。ナルトもサスケも大事に至ってなければ良いのだが。

「ま、後は俺に任せなさい」

彼女を安心させるべく桃色の頭を軽く撫でると同時に店の引き戸をがらりと開ければ。









「ハッピーバースデーカカシせんせーい!」










「・・・・・・え?」

沢山のクラッカーと、沢山の人の声と。
全く理解が追いつかずに目を見開き立ち尽くす自分と。
出た言葉が「え?」の一言だなんて、なんて情け無い声。
ぱちくりと瞬きし、右から左まで見渡せば。なんだなんだなんなんだ。なによ、ナルトとサスケ、喧嘩してたんじゃないの?アスマは報告書出しに行ってたんじゃないの?なんで任務で里にいない筈のがここにいるわけ?それだけじゃない。紅、ゲンマ、イルカ先生、アンコ、シカマル、チョウジ、いの、ヒナタ、キバ、シノ、ガイ、ネジ、テンテン、リー、さらには、なんということだろう、三代目まで。
どういうこと?と後ろにいるだろうサクラへ振り返れば、彼女は「てへ」と舌を出して笑っているではないか。さっきまでの涙は嘘のように消え去っている。

「カカシティーチャーってば、なんとか言えってばよォ」

ニシシと笑うナルト。

「え、いや、その・・・」

こんな展開、誰が予想しただろうか。

「ほら、行ってやれよ」

アスマが肘でを小突くと、促された彼女が皆をすり抜けながら俺の目の前にやってきた。

「お誕生日おめでとうカカシ」
、お前いつの間に帰ってきたの」
「ふふ、ほら早く、行きましょ?」

首を傾げては笑った。あれ、この台詞どこかで。
彼女の手はあの時のように手招きをするのではなく、こちらへしっかりと差し伸べられていて。
自然と俺の手が伸びる。そっと重ねるように置けば、ぎゅっと握り返してくる彼女のそれ。優しく温かかい、いつも近くにいてくれる俺の支え。そうして誘われるままに温かな歓声が沸き上がる皆の元へ歩いていくと、子供たちに背中を押されるように席に案内されるのだった。

「はいカカシ先生!これは皆から!」

そう言って笑顔のサクラとナルト、そしてそっぽを向きつつも照れくさそうなサスケから四角い包みを渡された。
三人は傍に座り、俺が包みを開けるのを今か今かと心待ちにしている。気恥ずかしい気持ちに襲われたが、彼等の期待に応えるように包みをぺりぺりと開けば、そこには今日来ているメンバーからの寄せ書きが。

「お前ら・・・」

目頭がカッと熱くなるのを感じた。愛だとか優しさだとか、もうそれ以上なのだ。そう、橙に灯った美しく清らかなあの日々が、別の風に乗ってやってきたのだ。こんなに大勢の前で決して涙を見せはしまいと思ったが、言葉にし得ない深い感動の心の雫が溢れそうだった。
右側には愛おしい人の姿、左側には愛おしい教え子達。それを取り囲むように近しい里の大切な仲間たちが勢揃いしていて。
あの淡色だった思い出が、鮮やかに、今ここに。

「ありがとな、みんな、ありがとう」















それはそれは大宴会だった。そんな盛り上がる皆の様子を少し離れたところで酒を舐めていれば。思い思いに楽しみながらも、自分のところには絶えず人がやってきては他愛のない話を沢山した。その中で途中席を離れていたが戻ってきて、こっそりと話をしてくれたのだ。俺を祝いたいと言い出したのは七班の子たちだと。彼女のところに相談しに来たのだという。だから彼女も一緒になって考えて、今日も任務だと嘘を吐いたらしい。そうだったとは露知らず。水面下で着々と彼女らは動いていて、それで今日に至ったというわけだ。なにせサクラの演技なんてほら、なんだったかな、あの有名な女優にだって負けないぐらいだったよ。確かにあの大役はナルトやサスケにはできない芸当だな。
自分のために誰かが必死になってくれることは歯がゆい気持ちもするけれど、心の底から嬉しかった。ふつふつと沸きあがる感動に身を委ねながら酒を流してご馳走をつまみ、そうして会がお開きになる頃には、飲んでいた大人連中は見事にできあがっていた。なにせ迎えに来たはずの子供たちの親も一緒に混ざって飲んでいたのだから相当な量のはずだ。かくいう俺も大分飲みすぎたらしく、介抱してくれるの姿がブレて見えていた。

「もー、大丈夫?」

店からは彼女の家の方が近いということもありそちらの家に来たのだが、手助けなしでは足がふらつく俺を彼女は呆れたように笑うのだった。
家に着くなり彼女ごとソファに飛び込んだ。大人二人の体重がかかったこともあり、軽い悲鳴がソファからあがる。ぽんぽんと背中をあやすの温もりに溺れながら、もぞもぞと動いて彼女の太腿に頭を落ち着ければ、なんと柔らかくて気持ちの良いことか。どうしてこうも男ってなんで膝枕が好きなんだかね。上から彼女のくすくすと笑う声が降って来るのが心地良かった。楽しさと寂しさがうまい具合に融和し合う、祭りの後の儚くも美しい余韻はなんて素晴らしいのだろう。

「お前そんなに飲んでないんだろ」
「そりゃあ今日は介抱役だもの」
「悪いな」
「いいのよ、私は私でカカシを祝おうと思ってたんだけど、あの子たちの話聞いたら断然こっちの方が良いって思っちゃったし」

は俺の口布をそっと指先で下ろした。そしてまだきっと赤みを帯びているだろう頬を手の甲で撫でられる。明らかに自分より低い体温の手は、俺の体温を吸い取るのか、それとも俺の体温の方が彼女の手を温めるのか。そんな訳のわからないことが頭をめぐった。
腹が満たされて、心も満たされて、こうして好きな女の膝でうとうと出来るなんて。そしてまた思い出したのだ。自分とは正反対の、厳しい寒さの続く冬の日に生まれた先生のことを。
子供の頃は先生とクシナさんが仲睦まじくじゃれ合うのに中々慣れなかった。見てるこっちが恥ずかしい、と。そりゃあ今だって誰とも知らないカップルがいちゃついてるのを見て良い気分にはならないが。それにあんなにも素晴らしい先生だって、クシナさんの前ではただの一人の男なのだ。黄色い閃光と恐れられようと、赤い血潮のハバネロの前ではなにも言えなくなってしまう、そんな、どこにでもいる夫婦の、光景。
尊敬している人のそういう姿を見るのに抵抗感すらあったものだが、今ならそういうのも良いかななんて。あの誕生日の宴会の後、先生もこんな感じだったのだろうか。時間と共に薄れていくこの揺蕩いに身を寄せながら、アルコールが抜けていくのと一緒に夢も醒めるこのひと時に、自分のような感覚を抱いたのだろうか。
俺の頭を撫でるの体温をしっかりと感じながら、両の瞼を閉じた。

「・・・昔さ、先生の誕生日を祝おうってなったことがあって」
「ミナト先生の?」
「そ。それでなにをあげるかでオビトと喧嘩になってさ」
「カカシひねくれっこだったもんね」
「はは、まーね」

環境のせいもあったとはいえ、当時の自分は本当に可愛くない子供だった。心のどこかでオビトの性格を羨ましいとも思っていたのだろう。自分の心に素直で、真っ直ぐで。だからあいつがなにか言う度余計に憎らしかったのだ。チームワークはばらばらだった。そうなりたいと思っていたわけではないか、どこか上手くいかなかった。リンが潤滑油の役割を果たそうと必死になっていたにも関らず、俺とオビトは些細なことで喧嘩ばかりの毎日で。

「結局なにをあげたの?」
「リンがお守りにしようって。で、それに術を仕込んだんだ。先生のピンチを少しでも救う力になるようにって」
「お互いの良いところをリンちゃんがとってくれたんだ」
「そうなんだ。・・・俺はさ、実用的なものをって、気持ちとか、なんにも考えてなかった」
「・・・うん」

はたと頭を撫でるの手が止まった。

「心と心が繋がることがどれほど大事か、今ならいやと言う程分かるのに、な」

先生を祝ったあの日、そして今日という日。そうした一つ一つが乾いた心を潤して、更に再び目頭を熱くさせて。
零れ落ちるのに時間はかからなかった。その一筋がゆっくりと鼻根を流れていく。

「カカシ」

もの柔らかなの声。彼女の指先が流れた涙をそっと拭い取る。その行為に切ないほど愛を感じて、無性に抱きしめたいと思ったのだ。だからもぞりと身を起こして彼女の腰をぐいと引けば、間近の彼女の瞳には自分が映りこんでいた。まだ少し、情けない顔をしているかな、なんて。
先ほどしてくれたように今度は俺が手の甲で彼女の頬をさする。肌に馴染む柔らかな彼女のそこ。そして髪を掻き分け手のひら一杯に顔を包み込んだ。どちらからともなく鼻をすり寄せ唇に吸いつけば、熱に浮かされた彼女からも手が伸び労るように頬をなぞられる。啄ばむように彼女の唇を追うと、震える吐息が皮膚を掠めた。
掻き抱くように首筋に顔を埋めて、俺にしか分からないであろう彼女の匂いに酔いしれたなら、もうなにもかもが高次の世界だった。

「くすぐったいよ」
「ん」
「ねえカカシ」
「ん?」
「・・・私は、あなたが今ここにいてくれることが嬉しい」

ああ、その一言が。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

その眼差しが。

「お誕生日おめでとう、カカシ」



















(2014.9.10) 
(2016.3.23修正)              CLOSE