澄みきった空気と優しい日差しのある晴れた日のこと。は買い物に町へ出ていた。キッチンペーパー、洗剤、柔軟剤、シャンプー、などと生活必需品の入った紙袋を提げ、今は帰路の途中である。普段なら足早に通り過ぎる町並みも、休日とくれば訳が違う。時の流れをゆっくりと感じることができるのはなんと素晴らしいことなのか。ゲラゲラと騒ぎ走り回る子供たちを上手く避けながら歩いているまさにその時、後方から聞き覚えのある声に呼ばれたのを耳にし、はくるりと振り返った。

よ!ちょっと俺に付き合ってもらうぞ!」

声の主は、濃い眉毛とキューティクルに恵まれたおかっぱから青春という名の息吹を織り成す、木ノ葉の気高き碧い猛獣、マイト・ガイであった。彼は笑顔で手を振ってに近づいてくるや否や、どうしたことであろう、意思の確認に構うこと無く彼女を横抱きにかかえると、目にも留まらぬ速さでそこから消え去ってしまったのだった。
土煙が静まった頃、つい先程までいた女が跡形も無く消えているものだから、その場にいた町民たちはまるで白昼夢でも見ているかのようであった。













「ちょちょちょちょっと、ガイ?なに?なんなの?」
「黙っていないと舌を噛むぞ!」

民家の屋根を走るガイがさらに速度を上げたので、本気で舌を噛みそうだとはそれ以上何も言えなくなってしまう。黙ってされるがままになるのも癪ではあったが、何か悪さをする男でないのは確かだ。大人しくしている以外に術は無かった。
景色が見る見る過ぎて行く。一つ一つを視認するには幾分速く、自分の走りとちがった慣れないリズムに酔いを呼びそうだった。

「実は今からカカシに対決を挑むのだ」

目を閉じようとしたその時、上から楽しさを含んだ声が振ってくる。

「記念すべき九十戦目だからな、今日という今日は渋られないように、お前に一肌脱いでもらうぞ」
「え?どういうこっひゃっ」

の視界が、がくんと落ちた。屋根から飛び降りたらしい。思わず目をぎゅっと瞑ってガイのベストにしがみつくと、今度は下から衝撃が。頭があちこちに揺れて首が痛い。休日である自分が何故こんな目に遭わねばならないのだ、と心の中で悪態を吐きながらも、目を開くとそこはどうやら上忍待機所らしく、見慣れた面々がソファで寛いでいる光景が映る。

「・・え、ガイ??何してんのよあんたたち」

コーヒーを片手に話に花を咲かせていた紅が、突如煙とともに現れた二人に目を見開いた。隣で煙草を吸っていたアスマも、そしてさらにその横で愛読書に耽っていたカカシも、その異様な光景に目を向けざるを得なかった。

「はっはっは、我が永遠のライバルカカシよ!記念すべきこの九十回目!を賭けて俺と勝負しろ!」

ガイとしてはかっこよく決めたつもりだったのだろう。しかし状況を飲み込めない四名のためにその言葉が空に消えてゆく。突拍子も無い発言にどう返事をしたものか。奇妙な沈黙が待機所に流れた。

「・・・あのさあガイ、賭けるも何もは俺のなんだけど。ていうか九十回目って記念?」

その空気を一番最初に破ったのはカカシで、困ったように口を開いた。

「そうだぜ、大体お前のこと好きでも何でもねーだろ」

すかさずアスマも後に続き、全くその通りだ、と紅、さらに未だガイに抱えられているが頷く。

「それよりもほら、を降ろしてちょーだい」

いつまで人の女に触れてるつもりだ、とカカシが睨むが、ガイは頑として離そうとはしなかった。それどころかを抱く力を一層強め、不敵な笑みを浮かべる。

「それは無理な相談だな」
「いたたた、痛い、痛いよガイ!食い込んでる!肋骨!折れる!」
「カカシ、お前は俺との勝負を受けるという選択肢しかないのだ。いいか、の命が惜しくば俺と勝負しろ!火影岩の上で待ってるぞ!はっはっはっは!」

ガイはそれはそれは大きな口で豪快に笑うと、再び脱兎の如くその場から消え去ってしまう。騒々しさから一転、静寂が待機所を包み込む。くどいぐらいの青春に燃え滾った男のいた跡を見つめる残された者たちが、ぽかんとした表情で互いの顔を見合う。
少しの間の後に、沈黙を破るかのようにアスマの口から盛大に煙が吐かれた。白い煙が窓の外へと流れていくのを紅とカカシが瞳で追っていると、次の瞬間にはクツクツと漏れる笑い声が。二人が視線をそちらに向けるとアスマは腹を抱えて豪快に笑っていた。

「なんだよありゃー」

その声に耐え切れず紅も続いて笑いを零す。けらけらと声が響く隣で、カカシだけはひどく面倒くさそうに大きなため息を吐いたのだった。

「あーおっかしい、ガイったら九十回目だからってテンションあがってんのよきっと」

涙を浮かべながら笑い転げん勢いの二人をジロリとカカシの右目が捉えるが、展開が展開なだけに普段の威厳はそこには全く見えなかった。アスマが新たな煙草に火を点けようとするも、笑っていると肩が揺れてしまうのか中々上手くいかず、少々不恰好になりながらも指先でしっかりと押さえライターを近づける。そして煙草に息を吹き込み格闘すること数秒ののち、漸く火が点火されると、それを肺一杯に吸い込んだ。

「おいカカシ、行ってやれよ」

他人の不幸で吸う煙草は美味いらしい。アスマがにやにやと笑いながらカカシを見ている。そのいやらしい視線を送られた本人としては、悪態でも吐いてやろうかと思ったのだが、この後やって来るであろう未来のことを考えると、それだけで嫌味を言う精神が失せてしまう。紅も自身を落ち着けるためにすっかり冷え切ったコーヒーを口にした。思わぬ茶番に笑わされた身体には意外と丁度良い温度であった。

「まあそりゃ行くけどさ」
の奴、ありゃ買い物の途中に拉致られたんだな」
「そうよ、あの子私服だったってことは今日休みなんでしょ?かわいそうに」
「にしてもガイも珍しく姑息な手段を取ったもんだ」
「嬉しいのよきっと。ほらカカシ、早くお姫様を助けに行きなさいよ」
「はー・・・、全く。何してんだか」

(ガイの奴、そんなに九十戦目が嬉しいのかねぇ。百歩譲って百戦目ならともかく)

おそらくは自分にライバル対決を断られないための保険なのだろうが、そうでもしないと勝負に乗らないとでも思ったのだろうか。そんなことをせずとも誘われればいつも乗っている気がするのだが。ああでも此処最近は二回に、いや三回に一回ぐらいの割合だったかもしれない。何しろ血みどろの任務の後に対決する気は起きないし、度重なる遠征の疲れから何となく言い訳していた気もする。痺れを切らしての行動だったとしてもとんだ茶番だ。
それとも任務詰めだった自分に気分転換でもさせようとしているのだろうか。そんなことを思えるぐらいの仲であるのは間違いないし、直接的なくせして不器用な表現しか出来ないところだって知っている。いずれにせよ行かないという選択肢は無いわけで、カカシも勿論それ以外を選ぶ気はなかった。
そして、愛読書を内ポケットにしまいすっくと立ち上がると、隣で笑う同僚らを尻目に待機所を後にしたのだった。



*



「悪いな

命が惜しくばなどと言いつつも木に縛ることもなく、拘束されるわけでもなく。
それどころかの持っていた荷物をガイは、「重たいだろう」と一度彼女の家に寄って火影岩の頂上までやってきたぐらいだ。これでいて変なところで紳士な面もあるのだから憎めない男なのに間違いはないが、だからといってそれまでの強引なまでの態度を清算するのには全く持って足りないところだった。

「いや、うん、もういいや・・・それより何の勝負するの?」
「今回はアイツが決めることになってるからな、俺は知らんぞ」
「九十回目ってそんなに嬉しい?」
「当たり前だ。えらく気分が上がるな」

休日と言う名の優雅なひと時を完全に諦めたと、ライバル対決という青春の血潮が滾るガイは芝生に座り込み、ただ只管カカシがやってくるのを待っていた。待てど暮らせど来る気配はいまだになかったが、本当に来るのだろうかという不安はには全くなかった。それは自分がいるいないに関らず、であり、いない際の場合の要因である隣に座る熱血漢をはちらりと盗み見した。嬉しそうで、楽しそうで、あたかも子供のように青春の真っ只中にいるみたいだ。その笑顔の裏に隠された血の滲むような努力と、どこまでも自分を信じ抜く決意、肉体や精神から溢れ出るほどの信念を一体どれだけの人間が理解しているのだろう。暑苦しい、こゆい、などと言われるガイであるが、にとってはそこが好きなところだった。

(まあでも、バランス取れてるんだろうな)

数え切れないぐらい、支えられて、助けられて。

「・・・ありがとね、ガイ」
「ん?なにがだ?」
「なんでも」

願わくば、その友情がずっと続きますように、と。

「お、カカシが来たぞ!」

のそのそとポケットに手を突っ込んで歩いて来る銀髪の行く手を塞ぐが如く、ガイは仁王立ちになって彼を待ち構える。
まさに真剣そのものの眼差しがカカシへとぶつけられるが、その彼といえば猫背で眠そうな顔をしている。普段と変わりないと言われてしまえばそれまでだが、動と静のような関係の二人から醸し出される雰囲気が場の空気を一変させたのは確かだった。

、大丈夫か?」
「うん、見ての通り」

カカシの穏やかな瞳がに向けられた。それに返事をするように彼女も緊張感のない笑みを返す。変わったところといえば待機所までは持っていた手提げが無くなっているぐらいか、と、とりとめて何がおかしいでもないことを確認する。もちろんカカシはガイがに何か危害を加えるなどとは露程も思っていないのだから、最初から何を心配するでも無いのだが。

「ふふふ、来ると信じていたぞ」
「あのね、お前脅迫って言葉知ってる?」

カカシの言葉などまるで耳に入っていないかのように、ガイは胸元から勢いよく人差し指を眼前の男に突きつける。

「さあ!記念すべき九十回目の対決は一体なんだ?カカシよ!」
「え?俺?」
「そうだ、今回はお前の番だぞ」

その言葉を聞いてカカシは、今回は自分が選ばねばならないことに初めて気が付いたのだった。あんな茶番を見せられたものだから、てっきり内容を選ぶ番もガイだと思っていたのだ。そしてそれを受ける気で来たのだから、どういう体で戦うかなどこちらの頭にあるはずもなかった。さてどうしたものかとカカシは悩んだ。はっきり言って普段自分が考える勝負内容は決して真面目とは言えない。じゃんけんや大食いといった忍の戦いとは思えないものばかりで、いつだったろうか、にらめっこや落ちてくる木の葉をどちらが多く取れるか、なんてこともあった。それというのもガイが決める内容が体術的なものに偏っていたため、自分が選ぶ方はあれぐらいで丁度良かったのだ。カカシにやる気があるのかないのかと問われれば、対決自体は嫌なものではないものの、目の前に立つ男のような「青春!努力!汗」と言った具合の熱意を持ち合わせていないというのが正直なところであった。

(あっち向いてほい、とか、うーん、・・・いや、でも)

ちらり、とカカシがを一瞥する。今回は思いがけないことにがこの場にいるのだ。適当な対決を提案して微妙な姿を見せるのも如何なものだろうか、なんて恋人に良いところを見せたいという気持ちはどうやらカカシにもあるらしい。だからといって泥まみれの殴り合いも嫌だが。

(あ、そーだ)

そうだ。そうしよう。我ながら名案だ。

「あのさ、に決めてもらうっていうのは?」
「は?」

ガイと、二人の声が重なった。

「何を言ってるんだ、これは男と男の真剣勝負だぞ」

胸の前でガイがぎゅっと拳を握り締める。もこれ以上自分を巻き込むなと言わんばかりの顔だ。

「真剣勝負って、を巻き込んでおいてよく言うよ」

ぐ、と息詰まるガイに更にカカシが言葉を詰めた。

「九十回目なんだし、第三者の提案に乗るっていうのも新鮮で良いんじゃない?」
「まあ、確かに・・・いやしかしだな」
が決めたんじゃ本気になれないって?」
「そんなことはない!俺はいつだって本気だ!良いだろう、そうしようじゃないか!」

また上手いこと言い包めて、とは呆れ眼を二人に送る。

「だがカカシ!一つだけ条件がある」

片方の手を腰にあて、もう片方の手でガイはカカシを指差した。ポージングのレパートリーの耐えない男は、にやりと口角を上げて言い放った。そのオーラが周りの草木をざわつかせてでもいるのだろうか、カカシはごくりと唾を飲む。

「勝者にはからのキス!これは譲れん!」

全く想像もしていない角度から飛んできた言葉が、カカシとの脳内にエコーのように何度も何度も響いて回る。木の葉の天才と言われたカカシも流石に予想できなかったのだろう、頭の回線が一時停止してしまっていた。

「ちょ、ちょっとガイ!え?な、何言ってるのよ何で私が・・・」
「カカシにも本気になってもらわねば困るからな!」

けれど勝った方にからのキスを求めるなどと一体全体ガイはどうしてしまったのだろう。まさか実は彼女のことが好きなのだろうか。カカシは射るような視線でガイを窺ったが、その目には到底色恋の気などは無い。それもそのはずだ。何せガイは自分に負けず劣らずの熱い女性が好みなのだから。となるとこの熱血漢の性格からして答えは一つ、本気のカカシと戦いたい、それに違いない。
恐らくライバル対決にを巻き込んでしまったことをガイも気にかけているのだろう。というのも、彼女を引き合いに出した時点で勝負はそもそもフェアではない。言わば彼女は人質なのだ。いくらカカシが内容を決めるからとて、その権限を彼は彼女に渡してしまったのだから分が悪いのには変わりない。そういう状況(とは言ってもガイからしてみたら九十回目という記念に値するらしい、という意味であるが)を、勝手にテンションを上げて作っておきながらも、それでも彼はカカシとどこまでも本気で戦いたいからこそ、あえて恋人からのキスという条件でなんとか勝負の舞台をフェアにしたといったところか。ガイらしいと言えばきっとガイらしいのだろう。
それにカカシからしても、対戦内容がぱっと浮かばなかったからというだけではなく、からのお題ならば自分が負ける結果などあってはならないという意図が含まれていた。だからこそ彼女に選んでもらうことで、この無理矢理な流れで行う羽目になってしまったライバル対決において、自らを鼓舞する意味もあったようだ。

「ま、勝つのは俺だからそれでもいいけどね」
「えっカカシ?」

当然否定してくれると思っていたにとっては、正反対の答えに動揺せずにはいられなかった。

「言ったな、男に二言はないぞ!さあ、勝負の内容を言え!」

人のことを無視しておいて何勝手に話を進めてくれてるんだ。水遁でも喰らわせて目を醒まさせてやろうか―…。
連れ去られただけでも面倒だというのに、その上二人が争う内容を決めてさらに勝った方にはキスしなくてはならないなんて。できることならばこの場から消えて休日を謳歌したいというのに、なんということだろう。
ジト目でが二人を見れば、一方は目をキラキラと輝かせ勝負が始まるのを今か今かと待ち望んでおり、そしてもう片方は彼女の視線に気付き、すまないとでも言いたいのだろうか頭をぽりぽりと掻く姿が目に映る。

(男ってこれだから・・・あー、もう、いいや、阿呆らし。子供じゃあるまいしキスぐらい)

よくよく考えれば別にキスの一つや二つくらい。口にする訳じゃあるまいし。どうせ解放されないのなら、こんなことでああでもないこうでもないと駄々を捏ねたり文句を言うよりは、さっさと終わらせて自由になれる方が遥かに良い。ああそうだ、ついでに買い物の続きでも二人にしてもらおうじゃないか。そのぐらいしたって罰は当たらない筈だ。
そう決意したの目には、もはや動揺も困惑の色もありはしなかった。

「八百屋さんとお肉屋さんのメモ。どっちも欲しいものは四品ずつ。早く買って来た方が勝ち。体力だけじゃなく良いものを見分ける目も必要だし、勝負には良いんじゃないかしら?」

もちろん、お代は貴方たちのお財布からね。その一言は胸に閉まって。



*



嘘だ。こんなこと。あり得ない。

「ちょっと屈んで」
「ん?こうか?」

が背伸びをしても若干足りなかったのだろう、ガイも彼女がキスをしやすいように少々体を傾けている。彼女も彼女で髪が邪魔しないように耳に掛けている。その仕草とか、一瞬躊躇うように唇を噛んでしまうところとか、目を閉じる瞬間とか。そして唇が頬に触れる瞬間、とか。始まりから終わりまでの全てを目の当たりにし、その光景にカカシは絶句し、思わず野菜の入った袋を落としてしまう。拍子、転がり出た茄子などもはや目には入らなかった。

「はっはっは、今回は俺の勝ちのようだなカカシよ!」

豪語しながら頬を染めるんじゃない、の肩を抱くんじゃない、満更でもない顔をするんじゃないよこの青春バカ―…。

項垂れるカカシを憐れむかのようにカラスが啼きながら巣へ飛んでいく。一体何が敗因だったかなんてことは考えられず、彼の脳裏には先程のキスシーンが幾ばくも繰り返される。ああ、こんなことになってしまうのならば、イチャイチャパラダイスの暗唱とかにでもしておくんだった。に提案してもらうことを何故名案だと思ったのか。あの時の自分を八つ裂きにしたい。

「食事は肉体を作る基本だからな。この俺に抜かりはない!」

ガイは胸の前で親指を立てグッドポーズをしている。もしテレビのような効果音が今この場にあったとしたら「キラーン」がピッタリなのだろう、にかっと笑い白い歯を輝かせ、これでもかという程暑苦しいウィンクをカカシに贈っていた。
はいはい、と呆れたようにが肩にかかる腕から抜け出し、転がった茄子の救出に向かう。

「そういうわけで四十四対四十六で俺が大きくリードし・・・む?」

決め台詞のまさにその時、一羽の忍鳥がガイの元に飛んできてしまい続きが憚られてしまった。これは火影からの呼び出しの合図だ。急な任務でも舞い込んだに違いない。顔を顰めるも、頼られるというのはガイにとっては非常に喜ばしいために、直ぐにやる気に満ちた表情に変わっていく。

「仕方ない、今日はすまなかったなよ、次の勝負を楽しみにしてるぞカカシ!ではさらばだ!」

言うや否や土煙と共に熱血漢は去っていった。暑苦しさはこうも自然の息吹まで抑えてしまうのか、そう思うぐらいにやってきた静寂と、木々の香りを肺一杯には吸い込む。何にしてもこれで解放されたのだ。彼女はほっと胸を撫で下ろした。

「ほんとガイって落ち着き無いんだから・・・カカシ?」

声すら出せずにがっくりと肩を落とししゃがみ込むカカシの横に、茄子を片手にもまたしゃがみ込む。

「カ、カ、シ?」

人差し指で軽く肩を突つくと、項垂れて重たい頭を必死に動かしカカシがのろのろと顔を上げた。清々しい顔をしたとはまるで正反対の面持だ。

・・・」

ゆっくりと、男にしては色素の薄い肌を持ったカカシの手が彼女の頬に伸ばされる。

(お前さ、よくもまあそんな晴れやかな顔しちゃって)

親指でそっと唇をなぞれば、確かな柔らかさを返してくる。その弾力が無性に憎たらしかった。

「妬ける。お前、なに、その口で、ガイに?」

まるで拗ねた子供のように少々情けない姿だというのに、どこか艶を含んでいるものだからは一瞬目を見張ると同時に、胸がきゅんと締め付けられてしまった。
そんな顔はずるいよ。なんて心に隠しながら。

「自分から良いよって言ったくせに」
「いやごめん、あー・・・ほんと情けない」

当たったところで何の意味も無かった。彼女はただ巻き込まれただけ。勝負の内容を決めろと言ったのは彼女ではなければ、キスすると言ったのも彼女ではない。頭では理解しているとは言えカカシはやはり、やり場の無い気持ちをそう簡単には消化させられなかった。嫉妬と、そしてそれ以上に無様な姿を披露してしまったという慙愧の念を。

「・・・ねえカカシ、私のこと好き?」
「好きに決まってるじゃないの」

ぽんぽん。
カカシよりも一回り小さい掌が銀髪に沈んでいく。好奇心や欲情をかきたてる言葉とは裏腹にの耳は真っ赤に染まっていた。

「じゃあ負けないでよね、ばか」











(2014.6.11)
(2016.3.11)               CLOSE