子供の私が問いました。

あなたは今幸せですかと。

だから大人の私は答えました。

幸せですと。






























麗らかな日和の中、里のはずれにある共同墓地にカカシはいた。細かい砂を踏みしめながら、いくつもの墓石の列を通り過ぎる。あちらこちらに添えられた、色とりどりの花束。ここ最近はとても天気が良かったから、きっと多くの人々が訪れたのだろう。そうこうしている内にようやく目当ての墓石に辿り着く。静かに膝をついたその先は、彼の父―はたけサクモの―墓だった。

「・・・あれ?」

石に刻まれた名前の横に、花冠が添えてあるのにカカシは気が付いた。白い小さな花が二センチぐらいの花序を作り、さらにその周りで線香花火のように放射状の花序を作っている。その花の茎が幾重にも編まれ作られた冠が、風にそよいでいた。墓石と正反対の色のそれが、目に鮮やかで美しい。

「そういえば」

ふとあることに気が付いたカカシが、墓の周辺をきょろきょろと見回している。前回来た時からかなり間が経ってしまったので、今日は徹底的に掃除をする気満々で来たのだが、見たところ雑草らしい雑草が生えていない。誰かが来て、綺麗にしてくれたということだろうか。

(ああ、もしかして―・・・)

昨晩今日の予定の話を家でした。明日はちょっと出かけてくる、とカカシが言うと、もまた用事があると言っていた。玄関に置かれた紙袋の中身を盗み見したりはしなかったが、きっとそういうことなのだろう。

「あれ、カカシ?」

自身の脳裏に浮かんだ人物の声が今まさにしたものだから、カカシははっと驚いて後ろを振り返る。


「そっか、カカシもだったのね。なら言えば良かった」
「俺の方こそ」

水桶を片手にやってきたがカカシの横に同じようにしゃがみ込む。肌にふわりと空気の流れを感じながら、カカシはそっと微笑んだ。

(すっかりが隣にいるのが当たり前になったなあ)

この場所はカカシにとって、日ごろ抱えるものの重みを一気に解放することができる数少ない場所だった。ここにいる時だけは、何に捉われるでもない、ただのはたけカカシになることができる。はたけサクモの息子に戻ることができる。
そんな自分だけのスペースに、違和感もなく入ってこれるのはこの世のどこを探しても彼女だけ。―隣にいてくれることが、こんなにも心を落ち着かせる。どんな人間も一人では生きていけない。ジグソーパズルのピースがぴったりと合うように、はたまた鍵が鍵穴にはまるように。カカシにとっての唯一に隣にいる彼女が優しく融和していく。

「これ、?」

カカシは花冠を指差した。すると彼女は照れくさそうに頷いた。
やはり、彼女だったか。

「ちょっと歪でしょ、花冠なんて最後に作ったの、凄い昔のことだったから」
「そんなことないさ、凄く綺麗だよ」
「ふふ、ありがと」
「掃除もしてくれたんだろ?悪いねほんと」
「私がしたかったの、だから気にしないで」

は持ってきた線香に火を点けようとした。だが、それをカカシが掬い上げるように取り上げて、代わりに火を点ける。火傷をしないようにとの配慮半分と、父親に良いところ見せたさ半分だったのは彼女には秘密だ。
深緑の棒の束から椨の香りと共に煙が上がった。そっと息を吹いて全体に火が行き渡るようすると、橙色が走り出す。それを見計らって彼は線香を墓前に静かに置いた。もくもくと上がる細い煙。一体どこで空と融合するのだろう。そんなことを彼はぼんやりと思い浮かべた。
水桶から柄杓で墓に水をかけたが、再びしゃがんで両手を合わせる。目を瞑る彼女の横顔。彼女はとても優しい表情で、一体何を話しかけているのだろう。しっかりと脳裏に焼き付けるように、カカシは恋人の姿を見つめた。
どんなに季節が巡っても、きっと彼女はこうして手を合わせてくれるのだろう。
不思議だ。冷え切った木々から芽が出るように、彼女は花を運んできてくれる。

「カカシはもうお参りしたの?」
「まだ、これから」

開いたの双眸がカカシを捉えた。彼女の優しい瞳に同じように視線を返すと、交替するようにカカシも水桶を手にする。線香の火を消さないように静かに全体に行き渡るように水をかけていく。日に照らされて御影石が輝きを放つ。夏の砂浜のように。
胸の前で手を合わせると、いつかの父との焚火の光景が浮かび上がった。

(・・・あのね父さん、もう少しで俺は、火影になるんだ)

カカシは小さい頃の自分を馳せていた。温厚な父とは反対の少しひねくれた己の性格。時折かわいくない言葉を吐きながらも、心の底では父のようになりたいと思っていた。途中でその思いは闇へと葬り去られてしまったものの、親友がそれを取り戻してくれた。今ならはっきりと言える。父を誇りに思っていると。だからペインに命を奪われた時、父に会うことができて本当に嬉しかったのだ。
きっと自分は歴代で一番弱い火影だろう。でもそれでもいい。心に刻んだ願いを叶えることができるのなら。だからもう迷わない。もう諦めたりしない。もう後ろを向いたりしない。今度こそ父さんのように、大切な仲間を、里を、全てをこの手で守っていきたいから。

(ほんと、まだまだそっちには行けそうにないからさ、母さんと仲良くしててよ)

母の姿をカカシは殆ど覚えていなかった。それでも父があんなに愛していたのだから、きっと自慢の母だったのだろうことぐらいは容易に想像がつく。
そうして目を開けば、石は先ほどよりもきらきらと輝いている気がした。それがまるで父からの返事のようにカカシには感じられたのだった。

「ん、おしまい」
「はーい」

横にいるに微笑みかけてカカシが立ち上がると、彼女に手を差し出した。その大きな手のひらに、彼女も己の手を重ね立ち上がる。一本ずつ指を絡めしっかりと握ると「帰ろうか」と彼は言った。

「そういえば、あの花冠、なんの花だったの?」
「ホワイトレースっていうお花。綺麗よね」
「あんまり聞かないなあ、あ、もしかして花言葉が関係してたり?」
「・・・」
「花言葉は?」
「え、えーっと」

急にがもじもじとしながら口を窄めるので、カカシは最後の方がよく聞き取れないでいた。なので繋いだ手を少しだけ引っ張って彼女と距離を詰め、再度聞き返す。するとは目を泳がせながら小さな声で「感謝」と呟いた。

「そんなに恥ずかしがること?」
「・・・だって、私なんかがおこがましいかなって」
「え、なんでよ」
「カカシが大切に思ってるように、私にとってもサクモさんは凄く大切な人よ。でも、ほら、私は会ったことがないから」
「大丈夫、父さんがを気に入らないわけないよ」
「そ、そうかなあ」
「溺愛だって」

するとカカシからくつくつと笑い声が上がる。

(父さん・・・は、イイ女だろ?)

ちらりと墓石を振り返る。あたかも後ろを歩く人間に語りかけるように。

(あ、れ・・・?)

その時うっすらと父の姿が映ったような気がして、カカシは刹那、はっと目を見開いた。横にいるのは母だろうか、二人は仲良く手を繋いでこちらを向いている。なんて美しい光景なのだろう。彼の目が次第に弓なりになっていく。

(父さんが母さんを愛したように、俺ものことを守っていくよ)

―いつかそちらに行く時に、優しい思い出を持っていけるように。


「なあに?」
「今度来る時はさ、子供ができたよって報告できるといいな」
「う、うん、そうだね」
「ま、でもまずは結婚式かな」
「確かに」



















子供の俺が問いました。

未来の俺は幸せですかと。

だから大人の俺は答えました。

幸せですと。






















(2015.4.4 カカシ秘伝の流れとちょっと違うけど、気にしない)
(2017.5.21)       CLOSE