色とりどりの花が咲き乱れては慈愛に満ちた木漏れ日が降り注ぎ、人々に安らぎを与える風が吹いている。そう、あたり一面どこを見回しても春、春、春。春爛漫。 風が草原を撫ぜれば野草が優しく自然の音色を奏でるここは、火影岩を越えたところにある普段人気の少ない小高い丘で、日向ぼっこに最適のこの場所にはカカシの忍犬たちと一緒にいた。泥だらけになった相棒たちを労いたいのだと、先ほど任務から戻ったカカシが水浴びをさせようと言い出したのだ。家の風呂場では狭かった―カカシの忍犬は八匹もいる―のでここを選んだのだが、それは大正解だったようだ。なにしろスペースを気にせず水遁を使うことができたのだから。シャンプーの匂いが犬たちの鼻についてしまっても困るので、急な任務に備え水洗いのみではあったものの、彼らが帰ってきた当初に比べればその汚れは雲泥の差だ。 が水遁で汚れを落とし、カカシが風遁―随分前にどこぞの忍からコピーした―で体を乾かしていたのだが、その作業を繰り返していたところにカカシが伝令鳥に呼ばれてしまったため、彼はすまなそうな顔とともに急遽火影邸へと消えてしまった。大体の作業は終わらせていたし、体が大きい順から乾かしていたのが良かったのか残っていたのはパックンだけで、彼の毛が短いこともあり、家から多めに持ってきたタオルでどうにかなったのだから終わりよければ全てよしである。 グルーミングを終えた犬から順にこの温かな陽気の中で日向ぼっこを始めていたのだが、ことのほか春の陽気は気持ちが良かったらしい。今ではすっかり鼾をかいて寝てしまっている。中でもウルシは四本の足を忙しなく動かしていた。一体どんな夢を見ているのだろうと、そんな犬たちの姿を横目に捉えは目を細めた。 「はい、パックンもおしまい」 「ブラシは気持ちいのう」 「この先端の粒がツボを刺激するのかなあ」 ふふふ、と笑いながら持ち込んだブラシの毛先の先端を指でなぞってみる。犬の肌を傷つけないために大抵犬用のブラシの先には小さな粒上のプラスチックやシリコンが取り付けられていて、人間や犬の手にはない構造が肌を刺激することに気持ちよさを感じるのかもしれない。 「皆沈没しとる」 「良いお天気だもの」 パックンに言われるがままにが後ろを振り返れば、まだまだ起きる気配はなさそうだった。すっかりそれぞれの鼻先も乾いてしまっている。 いつだったか、動物が眠る姿を見て人間が安堵を覚えるのはまだ人間に野生の血が残っているから、ということを聞いたことがあった。危険感知に長けている動物がぐっすりと眠っている時、それはすなわち安全を示していて、そのため安心している寝姿に人間の奥底に眠る野生の血が共鳴するのだそうだ。 「こんなにぐーすか寝られちゃ私も眠くなっちゃうよ」 「日向ぼっこは最高じゃからな」 「パックン、ここ」 そう言いながらは自身の膝元を叩いた。それは「おいで」の意である。 従順にもパックンはすぐさま彼女に飛び乗った。すると彼女はパックンを抱きかかえると、それはそれは大きな忍犬ブルを枕に凭れかかったのだった。短毛ゆえの体温をより近くで感じることのできる、ふにふにとしながらもまるで毛布のような肌。頭と背中の形にフィットするように犬の肉に包まれるのだからたまらない。 直ぐにでもやってくる優しい睡魔に耐えながら、はパックンに声をかけた。 「ねえ、パックンたちは何度目の春?」 「・・・忘れちまったな」 「この景色を、あなたたちはきっと目に焼きつくほど見てきたのね」 その言葉が宙に浮かんで、風に乗って消えていく。パックンは聞いているのかいないのか、口を開くことはなかった。 (一度の別れですら辛いのに) 契約する相手を変えて、何年も、何十年も―…。 忍の相棒をしてくれる口寄せ動物たちは皆それを経験している。自分の死が訪れるよりも主人の命が尽きるほうが何倍も早いのだ。それを解かっていて、忍に仕える宿命を持って出会いと別れを繰り返しては、彼らは毎日を生きていく。 一体どんな世界を歩んできたのだろう。一体どれだけの歴史を目にしてきたのだろう。 (きっと私にはそんなこと、できない) 悲しみを乗り越え続けて生きていくなんて、自分には到底できやしないことだ、とは思った。 仲間を失う気持ちがどれほど悲しいものなのかはよく知っている。距離が近ければ近いほどそれは強い。その痛みを言葉で表すのはどれほど難しいことだろう。まるで魂を抜かれたみたいに、そう体は単なる器だったのだと言わんばかりに動かなくなってしまう。中身を抜かれたはずなのに、茨に巻き付かれたように胸が悲鳴を上げ続ける。泣いても泣いても涙は尽きずに溢れてきて、ある日枯れ果てていることにも気付けず涙で焼けるように腫れた目を擦り続けるのだ。それでも誰かが支えてくれるから、人は生きていけるのに。だけどこの子たちはちがう。その支えてくれる誰かすら、自分たちより早く死んでしまうのだから。 そうしていつか自分の昔の主人を知ってる人間がいなくなる日がやってくるのだ。その景色は一体どういう風に見えるのだろう。 ちゃんと、色は付いていますか。気持ちは、ついてきていますか。あなたたちの心を、置いてけぼりにしていませんか。 「綿毛のようなものだな」 「・・・綿毛?」 パックンが視線で指図したところを、も追った。タンポポにまじり、一足早く変化を遂げた白いそれ。風に揺られながらもいまだ飛び立つことなく花弁と花弁の間に挟まれている。 「風が吹いたら飛んでいくように、みな時期が来れば去っていく。けどまた新たな命となって芽吹くじゃろ?」 「・・・うん」 「そしてまた繋がっていくんじゃよ」 「ほら」と言われ周りを見れば、いつの間に集まったのやら彼女はすっかり忍犬たちに囲まれていた。避けられない運命を嘆くのが大事なのではない、一緒に生きる「今」がどの瞬間よりも尊いのだ。 「みんな・・・」 「そうやって、生きとし生けるものすべて、まわっていく」 「・・・うん、そうだね」 ほろりとこぼれた涙をビスケが舐め取ると、はくすぐったそうに目を瞑った。 (少しでも長く、一緒にいたい) この子たちの傍にも、カカシの傍にも。 |
「すまんすまん、報告書出すの忘れて・・・って、なにこの微笑ましい図、ぐっすり寝ちゃってまあ」 「カカシもこっちに来るか?」 「あれ、起きてたのパックン」 「気持ち良いぞ」 「そりゃに抱えられてりゃ気持ちいでしょ」 「譲ってやらんでもないがな」 「はは、ま、俺は・・・」 「ん?」 「いや、こういうのもたまにはありかな、ほらパックン、膝譲って」 (2015.3.21 仲良く寝てるところを七班の子たちに見つかれば良いと思います。) (2016.3.25修正) CLOSE |