下忍になって初めての遠征任務は、この里を束ねる火の国の国境警備にあたっている忍たちに補給物資を届けることだった。忍との戦闘でも要人の護衛でもないため、本来はDランクの任務に値する。しかし今現在戦争中であることや、第三次忍界大戦の初期の頃はこの国境付近での小競り合いが後を絶えなかったことから、そういった輩との遭遇の可能性を考慮しCランクとみなされた。なにより仲間と、そして班の先生との初の遠方任務。緊張しない筈がなかった。
戦争中はどうしても人手が足りなくなるため、新生下忍班であってもこうやって一度でも遠征任務を与えられるのを封切に、次から次へと酷な任務が言い渡されるらしい。仲間も初めての任務に期待や不安をいつも以上に感じ、聞けば皆中々寝付けなかったという。かくいう私もその一人だ。先生の出発の一声がかかる。昨日ミナト先生とクシナさんから貰ったお守りをぎゅっと握り締め、いってきますと心の中で呟いた。私たちの緊張をほぐそうと先生は終始落ち着いていて、といっても先生からしてみれば、そこまで厳しい任務では無かったのだから、落ち着いていたのは当たり前だったのだろう。冗談を交えながら調子を整えることに従事してくれた。しかし里から離れれば離れる程、心がそわそわとして落ち着きどころを失ってしまう。風が木々を揺らすだけで、襲いくる不安が大きくなっていった。アカデミー時代のように、自分がもう守られているだけの存在ではないのだと改めて思い知る。それはすなわち、木の葉の忍として一人立ちしたということ。与えられた任務を遂行し、里に、国に貢献をしなくてはならない身だということ。こんなに大きな責任を、忍は皆背負っているのか。それを思うと、つま先から脳天まで感覚が鋭敏になり産毛が立ち、武者震いのように身体が揺れる。だから止めようと、息を呑み、首に提がるお守りに再び手を伸ばした。

(だいじょうぶ、きっと)

休憩を挟みつつも半日走った所でようやく目的地に到着すれば、そこでは警備に当たる屈強な忍たちが合言葉と共に私たちを笑顔で出迎えてくれた。ここに向かう途中、とりとめて怪しい者にも怪しい仕掛けも見かけなかった。任務は成功したのだ、と私たちは安堵し胸を撫で下ろす。しかしその安堵は束の間だった。補給物資を渡そうとチームメイトの一人が一歩前に出たその瞬間、視界に一本の線が走ったのだ。
世界は一瞬にして暗転した。
真っ赤な色とともに。
まさに一、二秒の世界で私はおろか先生ですら微動だにすることができなかった。鉛のように重みのある何かの落ちる音。それが私たちを正気に戻した。頭部の無いチームメイトがスローモーションのように地面へと倒れる光景。それが私たちに何が起こったのかを理解させた。目の前にいた忍が、そう、ほんの数秒前まで私たちに笑顔を向けていた忍が、刀で仲間の首を刎ねたのだ。丸太が転がるように、仲間の頭部が足元に転がってくる。恐る恐る見やれば何回かの瞬きの後にそれは動かなくなった。浅い息が肺から繰り返しこみ上げてきて、米神をひやりと汗がひと粒滑っては地面へと落ちていった。
木の葉の忍が一体何故。戻した視界に映るのは木の葉の額宛ではなく、白い布で頭部を覆う砂の忍だった。この忍に続いて、周りにいた国境警備の忍たちが次々と大きな煙と共に砂の忍へと姿を変え、鈍い笑みとともに私たちの前へと立ちはだかる。ここで戦闘が起きたのはもう何ヶ月も前の話だが、恐らくは残党なのだろう。数ヶ月間木の葉の忍に化けて身を潜めながら、里へ帰るためにこの補給物資を待っていたに違いない。この区画は国境と言えど出れば直ぐに深い谷間になっていて、起爆札やトラップの数々が多く仕掛けられている場所だ。その数の詳細は知らない。少なくとも無傷で帰れるレベルではないのは確かだ。疲労した身体に鞭を打って危険を冒すよりも、補給を待ち万全の体勢で帰還することを選んだのだろう。現れた砂の忍の中には怪我を負っている者もいた。疲弊し負傷した者を無理に連れ行くのではなく、かといって見捨てるでもない。回復を待って帰る選択をしたあの部隊の隊長は、仲間思いな冷静な切れ者だ。国境警備を任された木の葉の手練の忍が始末されていることから考えて、敵には実力も当然備わっているだろう。そんな彼らに対してこちらは新生の下忍二人に、師である先生が一人。明らかに不利だ。突然の戦闘に膝が震え、チームメイトは涙を流しながら目を見開いてる。戦意喪失といったところだった。
流石に先生はこの事態を冷静に分析しているらしく、相手に鋭い眼光を送りながら何が一番の術なのかを探っているようだった。いくらここが過去の戦場といえど、やはり戦時中、命のやりとりは思わぬところからやってくる。砂側から無数のクナイがこちら目掛けて飛んでくるのを、先生は同じようにクナイを飛ばして弾いてみせた。その弾きこぼしを私が水の防護壁で威力を減らし、チームメイトがなんとかクナイで応戦する。それが合図だったようで砂の忍が一斉に飛び掛ってくると、先生は私たちに一刻も早く里へこの事態を知らせるよう合図し、私たちが無事に里へ辿り着くための足止め役としてその場に残る選択をした。敵はおそらく中忍から上忍が四名。どう考えても不利な状況だ。嫌な予感が頭を過ぎる。無事でいて欲しい、ただそれだけを祈って私たちは森の中を里へ向かって走り出した。
持っているトラップを全て仕掛け、私とチームメイトの分身を四方に分散させたものの、それらはただの時間稼ぎに過ぎず、相手の意表を付くような策は何もなかった。走り続けること、そうすることが先生の指示を全うすることであり、同時に先生を救う唯一の手段だった。チームメイトに兵糧丸を渡し、私もそれを口に含んでさらなるスピードアップを図る。体術や基礎体力をもっと付けておけば良かったと心から後悔した。
一体どこがゴールラインだろう。全てを知っている私たちを逃せば、それだけ敵にとっての痛手になるのは間違いない。しかし身を潜めてまで補給を待ち、自国へ帰ろうとしていた敵にとって、木の葉の里の町近くまで追ってくることはありえないだろう。となれば里まで半分、多く見積もっても三分の二の道を走り抜ければ勝算はこちらにある。私たちが情報を里に伝えたとしても、増援を送るまでには少し時間がかかる。その時間も含め、敵が撤退すると判断するギリギリのラインが、私たちのゴールのラインだ。



*



日はすっかり暮れてしまった。森の中程まで来た頃だろうか。後ろから誰かが近付いて来る気配を感じた。仲間に警戒するように目配せする。首を少しだけ傾けて、視界の端で後ろを見やった。するとそこには腕に重症を負った先生―その距離はまだ幾らかあり、先生の姿は小さい―が、私たちに追いつこうとこちらに向かって走っていた。あの状況で怪我を負ったとはいえ先生は見事やり込めたのだ、と本来ならば安心したところだが、こういう時だからこそ冷静にならねばならなかった。最初の攻撃で先生もクナイを半分以上は使ってしまっている。周りに散らばったクナイを拾い、且つ自らを守りながら応戦などできるだろうか。敵は数ヶ月もこちらに潜伏していたのだ。並大抵のチームワークではないに違いない。常に万が一のことを考慮し策を練っていた筈だ。だからこそ思ってしまう。あの状況を打開する策は、先生にはおそらく与えられていなかったのだ、と。だから後ろから付いてくる人間は、ほぼ先生ではないと見て良い。けれども最初から敵意むき出しで応戦すれば、こちらは一瞬でやられてしまう。敵はおそらく私たちをただの下忍のガキだと思っている。狙うのはその油断だ。この距離なら仲間の分身と、私の水分身の術を使っても恐らく気付かれないだろう。カマをかけつつ会話で相手の気を逸らせ、分身をそこに置く。そして本体は一度両側へ分散し、時間を稼いだところでまた仲間と合流する。これしかない。そう判断し、仲間に作戦を伝えようと横へ振り向いた瞬間、無常にも仲間は疑うことを忘れ、先生と思しき忍の元へ飛びついていたのだった。

「待って!」

制止とほぼ同時だった。先生の姿をした忍はやはり先生ではなかった。三本のクナイの内一本が仲間の腹部に突き刺さり、仲間は人形のようにドサリと地面に落ちていった。刹那、フラッシュバックする仲間が死。寒気が背中を駆け上がった。
生きているのか死んでいるのか、それを確認することは許されない。自分の身すら危うい状況でいかにして切り抜け、いかにして仲間を救うかを考えねばならないのに頭が働かない。頭の中に響くのは心臓の異常に大きな音だけ。

「後はお前一人だなァ」

ジリジリと敵が血で染まった土を踏み近づいてくる。止まってしまったことで疲労がどっと身体を襲った。震えたくもないのに足が震える。私のこの姿を敵はニヤニヤと眺めた。先生も、仲間も、もう。死を悼む暇すらないのか。これが忍なのか。これが忍の世なのか。辛い。里にいる私と同い年の友達は今度家族で旅行に出かけると言っていた。なのに私ときたら。こんなところで死にそうになっている。里を守るために存在する忍と、忍じゃない人との間には、こんなにも大きな隔たりがあるのか。こんなにも、住む世界が違うのか。苦しくて、辛くて、身体の節々が痛くて。今諦めてしまえばきっと直ぐにでも痛みを感じることなくあの世へと行けることだろう。こんなに辛いなら、それもまた、良いかも知れない。右手に構えたクナイが力なく落下していく。降伏とも取れる行為に、敵からとうとう下品な笑い声があがる。忍ばすことすらやめて、近づいてくるぞんざいな足音。

「嬢ちゃん。忍に成り立てなんだろ?まだ小せェのになあ。それなのに、こーんなにあっけなく死んじまうんだぜ?」

なんて卑しい笑顔だろう。でももう死ぬのだ。そう思うと不思議と、チームメイトと修行した日のことだとか、先生から教わった忍としての大事なことの数々が脳裏を巡りだすではないか。これが所謂走馬灯というやつなのかと何故か冷静になる自分がいた。そしてふと一つ、思ったのだ。

(誰か、思い出してくれるかな)

戦争で親を亡くした者も多く、班の仲間の一人にもそれは当てはまった。私がここで死んでしまったら、彼らを思い出してくれる人はいるんだろうか。何が好き?何が嫌い?得意な忍術は?どんな任務をしたの?どんな修行をしたの?そんなことを、そう、仲間がこの世界にいたことを覚えていてくれる人は、いるんだろうか。

(死んじゃって、いいの?)

ほろり。涙が頬を伝っていく。

(ああ、わたし)

これは決して恐怖に怯えた涙ではなかった。そう、浅はかで滑稽な自分への自嘲的な涙だ。だって私はここで死ぬわけにはいかない。忍として生きていく意味を悟らされた。あの時慰霊碑の前で、こうでありたいと願った自分の姿を、今本当の意味で理解した。だから死ねない。こんなところで。こんな陋劣な笑いを飛ばす奴なんかに、殺される訳にはいかない。しなくてはならないことが、私には数え切れないほどあるのだから。
ミナト先生から貰ったお守りを力の限り握り締めれば、先生が力を分けてくれる気がした。素敵ねと言ってくれたクシナさんの優しい声が、私の背中を押してくれる気がした。死ねない、死ねないのだ、こんなところで。もう一度そう心に誓い、自らを鼓舞するために叫び声を上げた。気が付けば腕の術式が消えていて、身体中にチャクラが沸いてくる久しい感覚を味わった。その衝撃に草木がざわめいては大きな風を呼ぶ。練れるだけのチャクラを練ろう。持てる力の全てで、寝れるだけの大きなチャクラを。

「なッ、なんなんだ、お前、それは、なんな」

水遁の印を素早く組みその全てを敵に集中させるや否や、男の声が途切れる。ありったけの力を出し切った時、もはや立ってはいられずその場に倒れこんでしまった。一秒毎に瞼が重くなって、視界がどんどん狭くなってゆく。起きていなくてはと必死に抵抗するも無駄だった。途切れ行く意識の最中、一筋の金色の光が視界入った気もするが、それから何があったのかは全く覚えていない。















(2014.11.9)
(2016.3.7修正)               CLOSE