ミナト先生に引き取られてから、先生の教え子に会うことが何度かあった。銀髪が印象的な男の子、ゴーグルが印象的な男の子、そして頬の飾りが印象的な女の子。オビト君とリンちゃんは会う度に話かけてくれたが、銀髪の、はたけカカシだけはいつも木に凭れ掛かってじっとこちらの様子を眺めているだけで、彼らが帰る頃になるとポンと私の頭にぶっきらぼうに手を置いて、どうでもよさそうな眼差しで一瞥し去っていくのが常だった。




















そのはじまりは、ある日検査の帰りに私とミナト先生が並んで歩きながら家へと向かっていた時のことだった。先生の教え子たちの話題になり、知りたいと願えば先生はとても嬉しそうな顔で語り始めてくれた。オビト君という男の子は明るくて元気で素直な性格で、火影になることを夢見る心優しい少年。リンちゃんという女の子は医療忍者を目指す、気配り上手の癒しのマドンナ。そして残るは銀髪の男の子で、聞けば今度行われる上忍選抜試験で合格は間違いないと言われている木の葉の天才、らしい。
すると偶然にも反対側から丁度その教え子たちが歩いてきたものだから、先生は「ナイスタイミングだね」と笑ってみせた。彼らは三人連れ立って歩いていて、私たちを見つけるやいなや黒髪の男の子と茶髪の女の子が駆け寄ってきた。フレンドリーな彼らとは対照的に残りの一人は、正直なところその第一印象はあまり良くなかった。彼はどこか冷めた目つきをしていて、マスクと額宛からはみ出る前髪が表情を隠してしまいがちなのも相俟って、感情を表に出さないその風貌からはもはや恐怖すら感じた。他人に興味などなさそうだと思ったがそれは強ち間違いではなく、彼は私にたいした興味も持っていないようだった。
なんとなく、不安が足の先から頭へと上がっていったので先生の手をぎゅっと強く握ると、先生はまた笑って言った。

「大丈夫、カカシは怖くないよ。ね?カカシ」

先生が嘘を吐かない人間だと解かっていても、目の前に立つ銀色の少年の醸す威圧感に私はすっかり当てられてしまったようだった。そして思った、金と銀、この人は先生と正反対だと。
じっとカカシさんを見上げると、彼は何を言うでもなく手を翳してくるものだから、一体何をするのかと怯えた私がぎゅっと目を瞑れば。彼は私の頭を少々雑に数回撫でると先生に挨拶をし、私が目を開けた頃には大きな音と煙と共にそこから去って行ってしまったのだった。見た目に似合わぬその行為に少しだけ呆気に取られる。先生は私に、「ね?怖くないでしょ?」と言ったが、正直なところ彼をどう捉えたら良いのか分からなかった。怖いというべきなのか、不気味というべきなのか、とにかく未だ感じたことのない感情だった。
先生の教え子だけあり、先生絡みで見かけることは何回かあったが、カカシさんとだけはまともな会話に発展することなどそうそうありはせず。先生が楽しそうに彼らのことについて話をする時、私にも知らない世界があるのだと、少しだけ先生を遠くに感じた。私が知らない先生を、彼らはきっと知っている。同様に、彼らが知らない先生を私が知っている筈なのに、その時だけはそんなことは頭から消えていた。
時々一緒に食事をしたり、遊んだりするのがとても楽しかった。特に冬に鍋を囲んだ日のことは忘れもしない。リンちゃんがよそってくれた器をきらきらとした瞳でオビト君は眺めていて、それをくすくすと笑う先生の隣で一心に食べ続けるカカシさん。かと思えば次の瞬間にはクシナさんとオビト君が肉の争奪戦を繰り広げていた。赤い血潮のハバネロになりかけるクシナさんを宥めるミナト先生を楽しげに笑う優しいリンちゃんの声。鍋の熱気で白い頬を僅かに染め、周りの喧騒をものともせずに動き続けるカカシさんの手と口。全てが温かくて、たおやかで。



*



七歳になった年にアカデミーを飛び級で卒業した。体術の成績だけは相変わらず芳しくなかったが、今思えば戦時中の人員不足を補うために、体術分を埋めるだけの忍術の成績を修めたことが、結果として忍の仲間入りを果たすことに繋がったのだろう。
そんな私が小さな前進をした頃には既に、先生は次期火影になるだろうとまで噂されるようになっていて、「木の葉の黄色い閃光」という先生の通り名はアカデミーでも街でもよく話に上っていた。誰もが先生のことを知っていて、尊敬していて、期待をしている。周りには洩らさずとも鼻が高かったのは言を俟たない。
それからとうとう先生とクシナさんが一緒に暮らし始めた。私が厄介になっているせいもあり、本来ならばもっと早く一緒に住みたかっただろうに。後ろめたさも相俟って「ごめんなさい」と謝ると、クシナさんにはこれでもかと言う程怒られた。自分を邪険に扱うな、と。赤い血潮のハバネロ此処に再び。

「そうそう、案内したい所があるんだ」

修行や任務がほぼ戦争に関わるなんらかである毎日の中の、新生下忍班にも慣れてきたある日の夕、ミナト先生が私を第三演習場に連れ出した。

「ここに来たことは?」
「ううん、今日が初めて」

此処に一体何があるというのだろう。フェンスを乗り越え、草地を歩き、修行をしてくれる素振りも見せず、ただひたすら演習場を奥へ奥へと進んでいくだけ。そのまま数分歩くと、円形に綺麗に芝が刈り取られ、砂地のそこに大きな石が佇んでいるのが見えてきた。さらに近くに寄ればそこには無数の名が刻んであり、それがどういう物であるのか説明を待たずとも察知がいくぐらいには、私も成長したようだった。

「この里の慰霊碑だよ、のご両親の名もここにある」

この慰霊碑に刻まれた名は全て殉職した忍たちであり、また、遺体の残らなかった忍を悼む場所でもあった。先生が人差し指でなぞった文字を辿れば、そこには私の両親だという名前が刻まれていた。親の名前は知らなかった。でも苗字は私と一緒だった。だからそういうことなのだ。正直両親の名を見ても記憶は何も戻らなかったが、心がきゅっと締め付けられ、鼻の奥がじんと熱くなるのを感じたのは確かだった。未だはっきりと思い出せずとも、ここには先生が立派だと評した両親が眠っている。刻まれた文字だけだったとしても、人の想いが込められることによって存在の意味を成すこの場所には、確かに両親が眠っているのである。それだけで十分だった。私は十分に愛されていたのだ。今までは先生が両親を想ってくれていた。でもこれからは私もその一人になろう。私をこの世に連れてきてくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。それを思えば涙が零れるのに時間は要らなかった。ひと粒。またひと粒と頬を伝っていくそれ。気付けば声をあげて泣きじゃくっていた。忍には似合わないその泣き方は、まるで迷子になった子供みたいだ。私は泣きながら、隣に立つ先生の腰に無我夢中で抱きついて、ひたすらその忍服のベストを塩辛い涙色に変えるのだった。

「せんせい、ありがとう」

先生は無言で私の肩を抱いた。きっと先生にとっての英雄の多くもここに眠っているのだろう。悼む気持ちは生きる者の義務だ。だからこの時私は思った。私と面識がなくとも、私と繋がる人の大事な人たちは、私にとってもまた大切な存在なのだと。生きている者がそれを忘れてはならない。私はずっと誰をも忘れない存在でありたい、と。

、あのね」

泣き疲れて眼が赤く腫れ、痛みに変わった頃、先生はポケットから無造作に何かを取り出して、それを私の首にそっとかけた。

「せん、せ、これ」
「明日は初めての遠征任務なんだって?遅くなったけど下忍祝いも兼ねて、ね」

首にかけられたそれは、手のひらにすっぽり収まるほどの小ささの、赤の縮緬から成る平たい五つの花弁をともなったお守りだった。可愛さと上品さを兼ねそろえたこのお守りを見つけたのはクシナさんであるらしく、先生は「二人からだよ」と付け足して得意の笑顔をしてみせる。

「受け取ってくれるかい?」

こんなにも嬉しいことは無いと言わんばかりに私は首を大きく縦に振り、何度も何度もありがとうを繰り返した。踊りだしそうな足取りで家へ帰れば―道中先生は笑っていた―、醤油の煮える匂いが漂い、夕飯の支度の途中であろうクシナさんが出迎えてくれた。舞い上がる私の姿を見て何があったのかと問われれば、私はここ一番の笑顔で二人から貰ったお守りを首から覗かせた。ああミナトはそれを渡したのね、と合点のいった顔をしたクシナさんが「素敵よ」と微笑む。その慈愛に満ちた笑顔はとても美しかった。
夕食を済ませた後、翌日の任務に備え早めに布団に入ったは良いが、気持ちが高揚しすぎたために中々寝付くことができなかった。縮緬の花のお守りを見つめては笑顔が零れ、また見つめては先生とクシナさんの笑顔が頭に浮かび、またも嬉しくなった。その反面、初の遠征任務への不安と期待が心の中を占めていたのは間違いない。早く寝てしまわなくてはと電気を消すも、もう一度だけお守りを目に焼き付けておこうと、つい明かりに手が伸びてしまう。ばかの一つ覚えのように。その繰り返しだった。早朝には里の門に集合だというのに、そんなことを延々と続けていたものだから、私は見事に寝不足で朝を迎えることになってしまったのだった。














(2014.11.9)
(2016.3.7修正)               CLOSE