ミナト先生は金髪がとても綺麗な人だ。先生の髪は太陽に照らされると一層にその輝きを増す。その色が私は大好きで、晴れの日はいつもより少しだけ特別だった。











戦争の最中に私は先生に引き取られた。先生が長期任務で家を空ける際は三代目の家で暮らすこともしばしばで、今思えばあれはきっと監視だったに違いない。なにしろチャクラ玉を吐き出す謎の生物のチャクラを体内に宿した私は、普通の子供という認識の中にはいられなかったのだから。もしかしたらあれは尾獣のなりそこないで、そのなりそこないが求めていた器が私だったのかもしれない。でもそれも何の確証も無い仮説段階のものだ。尾獣は全部で九匹というのが定説だったが、どうもこれ以外に適当な答えが見つからないと三代目は言っていた。それで納得することで、得体の知れぬものからくる不安を取り除きたかった、というのもあるかもしれない。どう足掻いたところで「正体不明の生物のチャクラを持つ私」の事実は変わらないのだから、それはそれで仕方のない話だ。だから万が一何が起きた時のために、対応することができる人間が必要になる。一体何が真実なのか明らかになるまでは、あの生物とチャクラのことは最重要機密であったし、そういう意味も含め第一発見者で且つ三代目からの信頼も厚い先生が私を引き取ったのだろう。
そんな先生の家には、燃える太陽のような赤い髪を持った女の人がよくやって来た。名をうずまきクシナという。恋人という関係を理解するには私はまだ幼かったが、ただの知り合いではないことは当時の私からでも窺えた。私はこの二人の笑顔が大好きだ。二人が笑えば家の中がより一層明るさを増したし、空気だって柔らかくなる。それになにより、心の中が春みたいにとても温かくなるのだ。
いつだったか先生と庭先で忍術の修行をしていた時、クシナさん(本当はお姉ちゃんと呼んでいるのだけれど)が夕飯を作りに家に来てくれたことがあった。出汁の匂いは腹の虫を活き活きとさせるには良い具合だったが、その時丁度修行が正念場に差し掛かっていた。先生のおかげもあり、チャクラの流れを均一に保つことに成功した私には、次の段階として水分身(どうやら私は水の性質を有しているらしい)を作る課題が与えられていた。大きな水瓶に溜まった水を相手に修行を積むも、幾重にも姿を変える実際のそれを相手にするのはとても難しく、今日で早十日目というところだった。なんとかコツを掴みはじめた頃合と、クシナさんが声をかけてくれたのが重なってしまったために、先生が「あと三分で行く」と伝えたにもかかわらず、気が付けば時間は十五分も過ぎていた。食卓に着く頃にはクシナさんは笑っていたものの、髪の毛は沸々と怒りを露に逆立たせていたものだから、先生がこっそり「クシナはね、赤い血潮のハバネロって呼ばれてるんだよ」と耳打ちしてくれたのは言うまでもない。

「私もクシナお姉ちゃんみたいに料理作れるようになりたいな」
「もう少し背が伸びて台所に届くようになったら、クシナもきっと教えてくれるよ」
「そしたら先生食べてくれる?」
「ん!もちろん」

くしゃっと笑って私の頭を撫でてくれる先生に私の顔は緩みっぱなしで、そうして撫でてもらった後は皿洗いをする彼女の元へ行き、後片付けを手伝った。そうすると「はえらい子ね」と褒めてもらえるからだ。日が暮れ、クシナさんが自分の家に帰る時分に、頬にキスをしてもらうのがもはや日課のようだった。



*



あれは先生に引き取られてからすぐのことだ。私が検査を受けることになったのは。それには三代目も同伴だった。検査室の周りは動物の面をした数名の大人によって囲まれ、なにやらとても物々しい雰囲気を放っていたのを今でもよく覚えている。
私はこの検査が大嫌いだった。なにしろ血を抜かれたり皮膚を擦られたり、さらには体中に数え切れないほどの管を繋がれたりと、悉く不快な経験をさせられるからだ。中でも一番嫌だったのはチャクラの限界量の検査だった。特殊な機械でチャクラを抜かれるだけなのだが、なによりもそれが周りを最も驚嘆させた。―驚嘆する―、予想外の出来事を示す感情。そう、どうしたことか私は何時間チャクラを抜かれても、体内から抜け切らなかったのだ。ただ只管抜かれるだけの感触は決して気持ちの良いものではなく、抜かれど抜かれど終わりの来ぬこの検査は、半日経ったあたりで三代目の制止がかかるまでに及んだ。

が成長してもチャクラが無限に生成されるようなら、格好の標的になってしまいますね」
「・・・うむ、そうじゃな」

精神的疲労のせいだろう、朦朧とする意識の中で、三代目と先生が何かを話していたがぼんやりとしか聞こえず、激しく襲いくる睡魔に私はとうとう意識を手放してしまった。これで終わったのだと喜ぶのも束の間、この検査は月に一度必ず行われたのだから毎月その日は非常に憂鬱だった。
何度検査を繰り返しても、チャクラの限界値を調べる時だけは、三代目の声がかかるのを待つより他に術はなく、集中力も高くない子供にとっては、それがまるで五年十年と感じられるぐらい気が遠くなるものだ。それでいてこの秘密裏に行われた検査の結果では、虚しいかな特に何が明らかになる訳ではなかったのだからやるせない。本当にただのチャクラだったのだ。心臓の鼓動と一緒に、私自身の精神エネルギーとしてチャクラが無限に生成されている、ただそれだった。けれど普通の人間ならば無限のチャクラなどあり得ない話で、やはり奇異であることに変わりはなく、その後何年も検査は続いた。検査の度に私の持つ消し切れない猜疑心を晴らそうと、先生はいつもすまなそうな顔をしていた。勿論先生を悪者だと思ったことは一度も無い。先生が尊敬する三代目を疑ったことも一度とて無い。誰が悪いのでもないということは解かっていた。けれども、ただただ辛いのだ。検査から帰るとクシナさんが決まって美味しい料理を作ってくれ、「頑張ったってばね」と抱きしめてくれる。その言葉と温もりだけが、終わりなく続く恐怖を乗り切る糧だった。
しかしある新月の晩のことだった。検査でこれまでと違った反応が得られたのは。今まで生成されていたチャクラが嘘のように流れなくなったのだ。これにはその場にいた誰もが目を疑い、その日から月の満ち欠けを基準に新たな検査が始まることとなった。そうして導き出された一つの結果は、満月に近づけば近づくほどチャクラが生成され、新月の日だけはチャクラが限りなく生成されにくくなる、ということだったが、何度検査を重ねてもそれ以上は何も明らかにはならなかった。



*



ある日の夜、ミナト先生の好きな言葉を教えてもらった。「火の影は里を照らす」という言葉の中は、先生の志や信念が沢山込められていて、私もいつか自分が貫きたいと思える言葉を見つけたいと思った。そんな先生が里の中心人物であると気が付いたのはアカデミーに入学してからのことだ。物心付いた頃から先生と一緒にいたため、私にとって先生と暮らす環境は世の中で言う「普通」に位置していた。時折―先生と買い物に出かける時、先生と火影邸へ向かう時など―忍から忍ではない人まで、先生を見かけては小声でなにやら騒ぎ立てている光景をよく目にしたことがある。多くの人に噂され注目される先生を凄いと感じることは多々あったが、波風ミナトという一人の人間が里にとってどのように位置づけられているか、私は中々気が付くことができないでいた。そんな自分の常識が覆されたのは、先の通りアカデミーに入ってからまもなくのことだった。
木の葉隠れの里や、忍の歴史の授業の時間に、しばしば三代目が先生たちに代わり教鞭を取ることがあった。三代目が現れるや否や教室中がざわめき、クラスメイトの目がキラキラと輝き始めるので、私はその時初めて、三代目と会って話をするのがそうそう簡単なことではないと知った。定期的な検査の他に三代目の家で過ごす機会があった私にとって、三代目がとても身近な人間だったからこそ、受ける衝撃もそれはそれは大きかった。
次に驚いたのは教科書に自来也様が載っていたことだ。自来也様は三代目の教え子であり、ミナト先生の先生だ。つまり私にとっては(勝手な解釈だが)大先生ということになる。あまり里にいないようだったが、それでも年に数回は会う機会のあったその相手がよもや教科書に出てくるなどとは。そんな自来也様と見たことのない二人の、合わせて三人が写っている写真を、アカデミーの先生は『伝説の三忍』だと説明するものだから、私は伝説という一言にひたすら戦いた。なにせ自来也様によく肩車を強請っていたし、帰ってしまうのが悲しくて長く束ねた髪の毛を掴んで引っ張ったことも多々あったのだから。だから決めたのだ。今度会っても三忍だと知らないフリをして、あくまでミナト先生の先生として接しよう、と。
この二人の存在に驚いたのもそのままに、また別の日にクラスの先生が私たちに夢はあるかと質問した。順々に当てられて、その中の何人かはミナト先生の名を挙げた。先生はミナト先生のことを「里の誉れ」とよく呼んだ。そう、人格者で実力も備わる将来有望のミナト先生もまた「普通」ではなかったのだ。
そうやって様々なことを教わりながら、自分が今まで過ごしてきた環境がいかに特殊であったかを認識すると同時に、アカデミーの先生たちから「あの里の誉れが拾った戦争孤児」に対する密な期待をかけられていることを意識し始めてしまった。その期待通りアカデミーに入り一年が過ぎようとしていた頃には、私は周りよりも群を抜いている存在だった。三代目の命令でクシナさんから、チャクラの多量使用を禁止する封印式を腕に埋め込まれていたため、身体能力自体は周りと殆ど差はなかった。だがチャクラの使い方や術の覚えの早さは誰よりも秀でており(勿論その背景には、ミナト先生や三代目が修行をしてくれた影響がある)、アカデミーの仲間だけでなく先生たちを日々驚かせた。授業で影分身の術で子供、大人、老人に分身をしてみせ、水遁で防護壁を作ってみせた日には、先生は、「飛びぬけてる子って毎年必ずいるんだよな」と感心の言葉をくれた。体術面で少々伸びの悪い結果が出たものの、忍術の評価が高かったせいか、飛び級でアカデミー卒業試験を受けることになった。けれど褒められれば褒められるほど、注目を置かれれば置かれるほど、不安を覚えずにはいられなかった。

「ミナト先生、沢山チャクラがあるから、私は皆より忍術ができるの?」

夕飯の後、縁側で煎茶を啜ろうとした先生の後ろに立って聞いてみた。もし私にこのチャクラがなかったら、私は皆よりもあらゆる面で不器用だったのではないか。事実体術は私よりも上手なクラスメイトがいるし、体力だって私は平均値だ。チャクラを必要としないからこそ如実に現れる結果に、自分自身を疑った。今まで褒められていたのは私でなく、このチャクラだったのではないか、と。
先生は口元まで上げた湯飲みを静かに脇に置き、腰だけをひねってこちらに振り返ると、そのまま私をいとも容易く抱え上げた。一瞬だけ先生を見下ろす視界がやってくる。綺麗な青色の瞳。鮮やかな海に、澄み渡る広い空、そして一日の初めを彩る朝顔の花。それらを髣髴とさせる美しい瞳が、弧を描くように私の瞳に流れれば、次の瞬間には太腿の裏に冷たい床板の感触が。かと思えば頭に感じる先生の大きくて優しい手のひら。

、俺が知ってるあの生物のチャクラと、のチャクラは違うんだよ」
「どういうこと?」
「今の中に流れてるチャクラはね、本来の君が持ってるチャクラと何も変わってないんだ」
「ますます、わかんない」
「そうだなあ、あの生物はね、きっとにスパイスを与えたに過ぎないんだ、チャクラを沢山持てるように、頑張れる忍になれるように、って。だから自身のチャクラを使っているんだよ」
「・・・じゃあ私、自分の力で忍術を使っているの?」
「ん!勿論。君のご両親は立派な忍だったし、それに何より自身が毎日一生懸命修行してる成果なんだ。どんなに膨大なチャクラを持っていたって、それを操る持ち主が頑張らなければ何も始まらない。だから自信を持っていいんだよ」
「・・・そっか、そっかあ!」
「でも体術は少し頑張らないとね」
「うっ」



先生は私の太陽だ。先生の言葉は私に力をくれる言霊だ。先生、先生、私、先生みたいになりたい。














(2014.11.9)
(2016.3.7修正)               CLOSE