ミナト先生と暮らし始めて長い時間が過ぎようとしていた頃、大事な話があると縁側に呼ばれたことがあった。それとなくではあるけれど、何を言われるかは想像がついた。私は先生のことを「お父さん」とは呼んではいなかったからだ。なぜ「先生」と呼んでいたのか。それは時折見かける私よりも幾つか年上の三人が彼をそう呼んでいたからだ。実は記憶の片隅には先生以外の男女が存在していて、その二人のために私が先生と血の繋がった家族ではないということを心のどこかで気が付いていたんだと思う。だからといって口にするようなことでもないと思っていた。だからそんなことはしようともしなかった。
―記憶の片隅。そうなのだ。私には先生と一緒に暮らす前の記憶が殆ど無い。両親についてはっきりとしたことは何一つ覚えていない。とはいったものの、考えるに波風家に拾われたのは二、三歳の頃だ、そもそもの記憶がある方が稀有なのだが。けれども時折脳裏を何か知らない光景が過ぎることがあった。それが所謂失われた記憶の一部なのだろう。無理に思い出さなくてもいいよ、といつだったか先生に言われたその言葉通り、私は無理に思い出そうとはしなかった。それは今の暮らしに満足していたからでもある。先生は私にとても優しく、とても愛情深く、そして何よりとても誠実な人なのだから。記憶の片隅にいる男女が私の本当の両親だったとしても、彼らのことを思い出した時、それが悲しい記憶だったと解かるよりは、今目の前にいる先生のことを考えていたかった。現にそういう何かがフラッシュバックすることをふとした拍子に洩らしてしまった折に、先生は少し行き詰った表情をしたのちに、どこか神妙な面持ちで私を抱きしめては赤子をあやす様に背中を叩くのだ。その表情から察するに幸せ万々歳な思い出ではないらしい。仮に愛されていたとしても悲しい出来事があったのだろうし、愛されていなかったならばそれもそれである。でも仕方がない。あの時の世は第三次忍界大戦真っ只中だったのだから何があっても不思議では無いし、戦争が辛いものであるということは幼心に理解しているつもりだった。

「おまたせ」

その言葉とともに、淹れたての煎茶と共に先生が縁側に腰を据えれば、月明かりに金髪がきらきらと反射した。星の色だと思った。自分にはないその何にでも映える髪の色は非常に鮮やかで美しく、私の感じる先生の大好きなところの一つでもある。

「明日はとうとうアカデミー入学だね」

おめでとう、と頭を撫でられる。心地良い。しかしその心地よさはそよ風に乗って直ぐに流れて消えてしまった。本題は此処からと言わんばかりの先生の眼差しとともに。

「無理に思い出す必要は無いって言ったけど、最近気にしているみたいだし、のご両親について、ね」

どきり。心臓が高鳴った。

先生と私が出会ったのは、まだ私が赤ん坊の時のことで、世の中は第二次忍界大戦末期だった。私は木の葉の里の森の外れにある家に生を受け、両親も先生と同じく忍であったらしい。両親は忍として任務をこなす傍ら、火の国における動物の生態調査や、またそれらの管理や保護を任されていたこともあり、里外から持ち込まれたであろう外来種の調査や駆除もその仕事の内に含まれていた。
先生はある日国境警備の任務の帰りに、戦争の跡地から未だかつて目にしたことの無い生物を発見したという。大きさは両手で抱えられる程で、見た目は犬とも狐とも取れるような顔立ちに、何色とも形容しがたい煌びやかに光る毛色、それから四本足を持ち、外側に向けて立った三角の耳は猫を彷彿させるという生物だった。容姿の特異さも然ることながら、その生物の一番の特徴は密度の濃いチャクラ玉を吐き出すことだった。猫が毛玉を吐くように、その生物は時折欠伸とともにチャクラ玉を吐く。身体が小さいせいか吐き出されたその威力は無に等しかったが、成長すればそうもいかないだろうとその時先生は判断した。ただ、チャクラ玉を吐く以外は先生の両手の中ですやすやと眠り、その寝姿は愛らしい程だったとか。
外来種なのだろうか。しかしこれ程の密度のチャクラ玉を吐く生物など見たことがない。そんな疑問が脳裏を過ぎるも、一人で悩んだところで答えは浮かばず、三代目に報告するも彼自身も人生で初めて目にする生物だったようで、解決策として私の両親が呼ばれることとなった。伝令鳥に呼ばれ、生まれたばかりの私を背に抱え母と父が火影室へ着いた時、先生の手の中にいた生物が徐に目を覚ましたらしい。するとその生物は先生の手から飛び出し、なんと私の背中目掛けてチャクラ玉を吐き出したのである。次の瞬間には眩い程の閃光が執務室を覆い、一瞬の出来事に動くことができなかった皆の目が光に慣れた頃には、もうその生物は姿を消していたのだった。
その場にいた誰もが先程までのことを現実とは信じられなかったし、そして、あの生物が一体どこへ消えたのか、何をしたのか、それらを誰一人として理解できなかった。結果としてその生物の正体は残念なことに明らかにはならなかった。少なくとも火の国に残る文献を漁っても該当する項目は得られなかったし、一族が代々集めてきた他里の情報録からも見つけることはできなかった。あの場にいた者の知識を持ってして考えられることと言えば、確証がある訳ではなかったが、チャクラ玉を吐くというその行動だけを見れば、尾獣と何か関係があるかもしれないということだった。となれば、そのまま何事も無く暮らせる筈も無く、三代目から今日の出来事はこの場にいる者だけの極秘扱いとされ、経過を見守るよう先生と両親は命令を受けたのだった。

「尾獣ってなあに?」
「そうだなあ、とっても大きな力を持つ獣ってとこかな」
「普通の動物と違うの?」
「ん、尾獣はね、他の動物よりも沢山の知識を持っているし、忍と同じようにチャクラを練ることもできるんだ」

ふうん、想像できるような、できないような。
あまりよく飲み込めていない返事をしたものの、先生の話は止まること無く続いた。

戦争終結からまだ数年しか経っていないというのに勃発した第三次忍界大戦に、里の外れにあった私たちの家は当然真っ先にその戦禍を被ることとなった。戦地へ赴いていた父はそこで殉職し、母は家を守りながらも多勢の敵によって囲まれ命を失ったという。報告を受け増援隊として先生がやってきた時には既に家は全焼していて、立ち上る煙の中に人の焼ける匂いが混じっていたらしい。近くから僅かなチャクラを感じたのは、もうどうすることもできないと思い先生が踵を返した時だった。もはや瓦礫と化した家の中を掻き分けて進むと、そこにはなんと私が転がっていたと言うではないか。しかも私はチャクラに身体が包まれ無傷でいたのだから、それはまるで御伽噺を見ているかのようだったよ、なんて話をするので一体何の話をしているのかと言わんばかりに私の頭は混乱した。私は必死にその時の記憶を辿ったが、やはり何も記憶に残っていない。強いていうならば、ぼんやりと橙が視界を埋め尽くしていたぐらいで、そのことも先生の話を聞いたから家が燃えていたと繋げることができるが、そうでなければ確かな記憶はやはりない。はっきりとした記憶があるのは、病院の景色だ。それに酷く頭が痛かった。何かを考えようとすると頭の中で鐘を鳴らしたかのような痛みが広がる。開いたままの扉の向こうでは、白衣の男とミナト先生が話している不鮮明な映像が見えたぐらいで、尋常じゃない頭の痛みの方が私にとっては深刻だった。それからはあれよあれよと先生の家に厄介になることなり今に至るというわけだ。
そうか、そういうことが過去にあったのか。いまも十分幼いとはいえ、それよりもさらに小さな子供が家族を失くすこと、それも戦争によって。余程の精神的ストレスに身体が耐え切れず、それを覆うために記憶を捨ててしまったんだと理解するのにはこの年頃とて難しかっただろう。整理するのに時間はかかったが、それでも本当の両親が私を愛してくれていたことが解かっただけでとても満足だった。年を重ね時間が過ぎても先生を敬う気持ちに嘘は無かったし、何より感謝の念の方が強すぎて先生への愛が増す程だった。

、君の中にはご両親からの愛が沢山詰まってる。だから安心して」


そう言って私の頭を撫でた先生の手はとても優しく、大きかった。













(2014.11.9)
 (2016.3.3修正)               CLOSE