応援へと出向いたが深夜密かに先輩と落ち合うと、報告書には書かれていなかった事実を告げられたのだった。

「どうやらいくつか木の葉の密書が盗まれている」
「・・・それって、木の葉忍が、ですか?」
「いや、それはまだ分からない。だがどちらにせよこのままここを壊滅させるわけにはいかなくなった」
「どうしましょうか」
「そうだな、密書は一週間に一度一本ずつアジトから消えていく。それにともなって組織の中の誰かもその度にいなくなっている。つまりそいつが運び屋だ。だがその役目を担うのは誰と決まっているわけじゃない」

一体誰がそんな大それたことを。その言葉が先輩のさらなる声に呑まれていく。面の穴から除く彼の瞳は月光下で鈍い光を放っていた。

「そうだ。しかし問題はここからだ。その密書を奴らは岩の国に密輸しているいんだ」
「密輸?」
「ああ、それに謎もある。いくつか重要な巻物もあるが、機密レベルで言えばさして重要ではないものばかりでな、意図がいまいち掴めないんだよ」

怪訝の色を浮かべる仲間を前に、思ったよりも大きい任務になりそうだと、は思わず唇を固く噛み締める。表情は見えなくとも長い付き合いの彼女の緊張を読み取ったのだろう、男は二周りほども大きな手で少女の頭を雑に数回撫で去ったのだった。






















任務の概要はこうだった。まずは木の葉に密書を受け取りに行く者の後をつける。次にその受け渡しに関わる人物を火影に報告。さらに組織のアジトを壊滅させ、最後は密書を奪還しに土の国に潜入する。なんともシンプルな筋書きだがにとっては今までで一番大きな仕事だった。最初の三つは簡単にこなせそうだと彼女は思ったが、肝心なところはその次のようだった。そう、潜入には途方も無い時間と忍耐が付きまとうからである。一筋縄ではいきそうにない任務に、すぐにミナトとクシナの元に帰れないことを彼女が覚悟したのは言うまでもない。

森の中に身を潜めていたは決行日、密書を受け取りに木の葉へと向かう男の後をつけた。出だしは上々、上手くいったようで巻物を受け取る瞬間も、それを渡す相手のことをも彼女はしっかり脳に焼き付ける。相手の身なりからして密書を木の葉から流していたのは、暗部の人間であることが窺えた。同じ里の仲間が何故、とは困惑するも、男の帰還していった場所も、火影直轄の部隊が使用するところではないことから、彼女は先輩に「根」の者かもしれないという可能性を示唆された。
根といえばあの志村ダンゾウ直轄の部隊だ。火影直轄の部隊よりも謎も闇も深く、暗部の忍といえどもその実を窺うことはできないのが常であると言ってもいい。加えて最近ダンゾウは火影選に敗れたこともあり、黒い噂が蔓延っていることもしばしばだ。その真意は分からぬものの、ヒルゼンも彼に頭を悩ませているように周りからは感じられた。とはいえ、里の汚い部分というのだろうか、お抱えの案件処理の貢献度の高さゆえに強気に出られないことも確かであるし、それ以上にヒルゼンとダンゾウの関係は一言で表しえるものではなく、困っているといえども周りには理解されぬ絆があるのもまた確かなことだった。

先輩は伝令鳥に起きたことの全てを書き付けると再びとアジトへ戻った。そして次の週、土の国へと密書を持ち帰る運び屋をその道中で幻術をかけ捕獲したのちに、アジト殲滅作戦を決行した。その内容は至って単純だった。水遁を地中に流し込み、アジトを地盤ごと崩してしまおうというもので、これも彼女の力あれば容易というものだ。
全てを済ませたのちに捕虜とともに岩隠れへと向かえば、木の葉でいう暗部のような装束に身を包んだ男が、受け渡しの場所に立っていた。残すところはこの男から密書の保管場所を聞き出すことだったが、男は自身の体のいたるところに術式を施していた。それはある一定の負荷が身体にかかると、体内に組み込まれた起爆札にスイッチが入ってしまうというもので、もちろん二人は慎重に事に当たっていたが、男は手練の忍を前に逃げることは叶わないと踏んだのだろう。一瞬の内に辺りは爆発に飲まれてしまった。万が一の時のために隠しておいたの影分身の水の防護壁によって二人は難を逃れたが、目の前の爆発から逃れること以外に何ができるでもなく、みすみす情報源を失ってしまったのだった。
その時以来、ゼロから密書への道を探ることになり、それはそれは苦労の毎日を送ることになった。まず今回の件を、どこまでのレベルの者が関与しているのか、それが問題だった。木の葉に関して言えば、「根」になにか発端がありそうなのは確かだ。なにせヒルゼンもミナトもこのことを知らなかったのだから。しかし土の国はどうなのだろう。これは土影が企んだものなのか、それとも他の幹部が関わっているのか、はたまた里の中枢とは全く関係のない者の仕業なのか。最初は木の葉と岩から集まった独自の集団だと思っていたが、こうとなってはそこを見極めないことには密書の場所も分からなかった。いくつか絶対に回収せねばならない密書があるとはいえ、その他は機密レベルで言えば見過ごそうにも恐らく問題はないのだろう。しかし国境を越えたところで生じたこの事件自体がこの件の核だ。たとえどんなに時間と労力がかかろうとも、事の細部まで明らかにせねばならないのは明らかだ。先の見えない土の国への潜入が始まったのだった。



*



収穫の得られない日が続いた。時間ばかりが過ぎる毎日は、にとってこれまで経験したことのない苦渋だったようだ。その状況下で彼女の日常を潤したのは、時折寄せられるミナトやクシナからの手紙だった。クシナの容態は順調とのことらしい。彼女にとってこれ以上嬉しいことはなく、早く二人の子供が見たいという気持ちばかりが集ってしまう。そんな彼女を宥めるのは決まって先輩の一声だった。
兄と妹という設定で乗り込んだ二人だったが、こうも生活する時間が長くなると、には先輩が本当の兄のように感じられる時がしばしばあった。上司と部下という簡単な言葉だけでは表せぬ感情の集い。そういえば、この人は今までどういう人生を送ってきたのだろう。そういうことを彼女はよく考えてしまう。彼は自分が暗部に入った時から指導をしてきたが、チャクラの秘密を抱える自分の面倒を見てくれたのだから、きっとヒルゼンに厚く信頼されているのだろう、というところまでは理解していたようだ。だがそこから先は彼女も詳しくは知らなかった。今回彼があの組織に潜入していたからこそ、多くのことを知ることができた。だからこの任務が無ければ、どんなに時間が経とうとも、その顔の輪郭や面の穴から覗く瞳の一部をきっと朧気にしか認識できなかっただろう。どれだけ時間をともにしても、そう、相手の所作の癖を理解していても、その本名も、その素顔も知りえなかったことなのだ。それでも先輩が自分にとって、とても良い人なのだということはにもよく伝わっていたし、頭の切れる男であるというのも十分に感じられることだった。普段は忍としての姿しか見てなかったせいか、生活をはじめて知った様々な一面に、彼女は彼を「先輩」としてよりも、「一人の人間」という面で捉えることが多くなっていくことに気がついた。おそらくそれは逆も―先輩にとっても―また然りなのだろう。

同時にはまた、あの銀髪の、今にも壊れて消えてしまいそうな少年のことをよく思い返していた。ミナトとクシナからの手紙によれば今はクシナの護衛についているらしい。彼もまた、ヒルゼンから信頼されている先輩と同じように、四代目火影の信頼を厚く受ける男だ。しっかり任に就いているに違いない。

(元気、かな)

一緒に任務をしていた時が懐かしい。今もよく思う、慰霊碑の前でまた話をしたいと。
大人の事情のようなものをよく知らないでも、彼が大きなものを抱えているのは知っていた。事情を聞けばそれは尚更そうだった。死に急いでるという言い方が合うだろうか。自分と任務を遂行していても、戦闘になればどこかそういう節があった。千鳥を発動するたびに表情は歪み、それを敵にぶつける際のあの阿修羅のような顔といったら。けれど同時に生きることを諦めてなるものかという意地も見える気がした。それはきっと彼の父親が、そして親友がそうさせるのだろう。
あの時にはどうすることもできなかった。自分のような精神の未熟な者が相手では、カカシの心になにかしてやるなど到底できもしないと思ったからだ。事実それを彼女は今でも思っていた。それに彼女自身かつての仲間を失ってしまったとはいえ、その内の二人はまだ生きている。かつての担当上忍も今は忍を引退してひっそりと暮らしているらしいし、怪我のトラウマから立ち直れなかった彼女のチームメイトは、今はアカデミーで教師見習いとして働いているらしい。らしい、というのも自身忙しくて全然会うことができなかったため、話に聞くところ、なのだが。つまり彼女にはまだ過去を思い返しても、それを伝える相手がいる。あの時こうしていたらとか、あの時ああしていたならば、とか、相手が生きてさえいればその気持ちを吐き出すことが救いになる。受け止めてくれる相手がいることで、心の傷を癒す時間はうんと短縮される。けれどカカシの場合は事が違った。状況が状況なだけに、ミナトだけでは明らかに足りないのだ。あの昔の冷たい眼差しを変えたのはオビトであったし、一瞬でも心の底まで分かち合えた三人を思えば、ミナトの入る余地の無い空白があるのは仕方のない話だった。リンのこともそうだ。カカシの本意でないことなど百も承知だが、親友に託された大切な人を、親友に貰った眼によって完成させた千鳥で殺めてしまったのだから。
慰霊碑の前に佇むカカシのなんと壊れてしまいそうなことか。だからにはなるべく決定的なことを言わないという以外、できることは無かった。そう、つまるところ彼女はカカシから逃げたのだ。同じ任務を請け負う相棒として隣にいながら、少しでも力になりたいと願いながらも、彼女は彼の心に踏みいることをやめたのだ。自分はミナトとクシナから沢山の愛を貰った。だからその想いが自分をどこまでも強くさせるし、どこまでも飛んでいける気持ちになる。だからその愛でもって、カカシに触れることができたなら。思うのは簡単だった。実際には何ひとつしてやれない自分が世界に取り残されるだけ。人に何かをしてやろうなんて、それ自体がおこがましいことなのかもしれない。お前は何様なんだと突きつけられているのかもしれない。でもそれでも、力になりたかった。無力な自分を、そして彼を思うと、胸が締め付けられるように痛くなった。
どうしてカカシにはあんなにも過酷な道ばかりがあるのだろう。

(カカシさんの笑顔が見たいよ)





*



それから数週間後。十月七日だった。と先輩は密書への重要な手がかりを見つけた。たまたま通りかかった路地で、あの「根」かもしれない木の葉の忍を見かけたのだ。二人は急いで後をつけることにした。
外へ出る時は必ず四、五歳ぐらいの幼子に変化していた。先輩もその幼子の兄ほどの姿に変化をしていて、端から見れば年端もいかぬ兄妹の完成だ。遊具を片手に笑顔を浮かべ子供らしさを演じれば、町行くものの誰もが彼らに微笑を投げかけたことだろう。人気の多い通りをそうやってやり過ごすことで、根の者に気付かれることは無かったが、それにしても一体何故こんなところに現れたのだろうか。二人の脳裏を過ぎるのはそのことばかりだった。アジト潰しに対する調査だろうか。それともまだあの組織が秘密裏に生きていたのだろうか。とはいえ大きな進展を見せたのには違いない。
大通りに構える甘味屋に男が入っていく。左右に頭が動いている。あたかも空席を探しているかのようだが、誰かと待ち合わせているに違いない。数秒もしないうちに男はその相手―背を表にしていたので二人からは表情は窺えなかった―を見つけ、背中合わせにするように席に着く。するとすぐさま店員が品書きを手にやってくる。店員の鈴のついた簪から華やかな音が鳴った。
先輩はに目配せをした。その瞳から彼女は次に何をするのかを読み取ったのだろう、静かに息を吸ったのちに、皮膚に張り付くような声で「お兄ちゃん、おだんご食べたい」と言った。すると店内にいた客の多くが入り口に立つ二人に視線を向けた。もちろん、追っていた男も、だ。背後の男は振り返りはしなかったが、その意識にはきっと触れたに違いない。そして先輩が「でも帰らないと」と、面倒見の良い兄を演じる横で彼女はすかさず「もう疲れちゃったもん、足動かない、休みたい、おだんご食べたい」と返事をした。二人にとって今大事だったのは、ターゲットがどういう行動に出るかを見定めることだった。
忍同士の密会の場合、大抵はお互いが見知らぬ人間同士であることを演じる。その場合、一言、二言声を交わすだけで事の全てを終わらせる者もいれば、偶然相席になった体で世間話に伝える内容を盛り込む者もいる。そのどちらかを見極める必要があるため、ターゲットが席に着いたからといって自分たちものこのこと店内に入ってはいけないのだ。後から入れば必ず敵の目に触れてしまう。それで敵が店内に長居してくれるのならば良いが、そうでない場合注文も終わらぬうちに店を出てしまっては怪しいことこの上ない。そういう意味で兄妹という設定は非常に優れていた。駄々を捏ねて店前で立ち止まるのも子供ならではの姿だし、店に入ったとしても脈絡も突拍子もないことを呟き外にも出ていける。
「しょうがないなあ」と先輩が困ったような声をあげた時、背を向けていた男が立ち上がった。男がだんだん二人の方へとやってくる。気付かぬふりを続け先輩は困ったような唸り声のあとに「でも今日母さんがおやつはあんみつって言ってただろ」と言った。その横を男は足音もなく通り過ぎて行った。風すら感じさせぬ歩みだった。は息が詰まるのを押し隠すように「えー!あんみつ!?おうちかえるう!」と言うと、それを聞いていた近場の人間たちからどっと笑い声が上がった。疲れてもう動けないといっていたのに、「あんみつ」の四文字で一気にやる気が出てくるなんて、と。子供っていうのは可愛いね、と。ありふれた日常。ささやかな幸せ。
そんな優しく穏やかな雰囲気の中を、今度はもう一人のターゲットが団子串を片手に出て行った。その方向を二人が視認するや否や、先輩がの手を取り「よーし、一気に帰るぞ!」というかけ声とともに走り出す。ターゲットの歩むそれぞれの道とはまた違う道を走り人気の無い路地に入り込むと、その間の尾行はあらかじめ用意していた分身に追わせ、二人は今後の動きについて手短に打ち合わせ始めた。

「お前は木の葉の方を追え、俺はもう一人を追う。あいつの方が手練そうだからな」

頷く少女の頭を彼は雑に撫でながら付け足した。

「ついでに四代目とも話してくるといい」
「でも」
「会える時に会っておけ」















(2014.11.9)
(2016.3.7修正)               CLOSE